こんにちは
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人は、
言わなくとも(そんなことは)
分かってくれている(であろう)
という前提での関係を欲します。
つまりは、
自分は大切にされるべきであり、
尊重されるべきであり、
理解されて当然だ
っていう言わば本能的な価値観。
だから、
人はより密接な関係を臨み、
家族という
家族だから分かってくれるだろう
という
否定されない、否定されにくい
集団を形造ろうとする。
安心、安全な環境である(あろう)
家庭、家族。
でも時に、
家族だからこそ、
分かってくれていなかった
や
そんな風に思ってたの
や
様々な衝撃的な事実に遭遇した際に
狼狽え怒り落胆し、
家族と言えども
決して安心、安全な環境ではないことを
身を持って知り、
砂上の楼閣たる我が身を呪い。
家族を呪う。
そして、
呪うのも、
憎むのも、
これまた
家族
だからこそ、
呪いやすく
憎みやすい。
ってこともある。
人は言わなきゃ分かりません
人は伝えなきゃ伝わりません
他人様には
一生懸命にコミュニケーションを取ろうと
するけれど、
本来、
最も大切なはずの 家族 ってものに対する
コミュニケーションが、
圧倒的に少ないのは何故?
コミュニケーションとは
ただ単に会話だけっていうのではなく、
想いを伝え合う、想いを分かち合うもので、
安心、安全な環境を創りたければ、
家族にこそ、
密なコミュニケーションが大切です。
でも、
一生懸命にコミュニケーションを
取ったとしても、
分かってくれない親兄弟なら、
(分かってくれない夫なら、妻なら、)
距離を置く。
そんな風に思ってたって親兄弟なら、
(そんな風に思ってたって夫なら、妻なら、)
距離を置く。
で、
距離を取ったとしても、
切っても切れないのが
現実的な家族と言うのなら、
誰に何を言われようが
冷徹なまでの意志を持ち、
待てば良い。
時間に委ね、環境に委ね、
流れに委ね、
期待せずに待つ。
家族の在り方は多様であり、
決して我々の生き方ってのと同じで
モデルケースはないものです。
型に嵌めてしまっているってことに
気がつかないのが我々の常
嵌らないことを認めていく。
つまりは、
家族だから
分かってくれる(だろう)を捨てる枠組み。
とても大切なことだと私は思います。
自分自身が自分を護る
素敵な午後を。
津村健司
