こんばんは
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久しぶりの更新です。
コメント、ダイレクトメール、
ライン、メッセンジャー等々で
ご心配くださった皆様、
ホントありがとうございました
セルフカウンセリング
も一区切りつき、
又、ブログを始めさせて頂きますね
どうぞ よろしくお願い致します
さて、
少しおやすみさせて頂いたのはね。
先日、
母親代わりの愛すべき叔母が急死し、
突然のことということもあり心が揺れ、
"死 "ということを
改めて見つめ直したかったからです
早くに亡くした私の母親の代わりに
いつも私のことを気にしてくれていた方で、
陰日向にサポートしてくれた
かけがえのない叔母さんでした
亡くなった顔が
そりゃもう母親にそっくりでね。
さすが姉妹ということも勿論ですが、
何十年も前の母親の死に顔や
その時の空気感や錯綜する想いを
一瞬で思い出すという
人間の悲しい性を改めて感じました。
今日まで、
お爺さん、お婆さん、
叔父さん、叔母さん、
母親、義理の母親、友だち、知り合い、
沢山の愛すべき人々を何度も
見送ってきた中で感じる
"無常"という残酷さ。
そして、
その度に感じる"無常"という
変えようのないサダメを
どう自分の中に内包していくのか。
そして、
そんな苦しい課題を
自らの脆い精神性の枠組みの中に
上手く優しく取り込みながら
悲しみを癒し、
時には許しを与え、
見送った人々の愛を
自らの力に変えていく。
それは
とても大きな大きな課題であり、
思考とか感情とかという
細分化された機能というよりは、
存在として
ありのまま
ただただ受け入れていくものであり、
その存在は、
いわゆる
"空"
と言われるものであり、
決して0という陳腐なものではなく、
形骸化した理論でもなく、
身体と心の全体で感じていくもの。
いや、
身体と心という
そんな生易しいものではないかもしれず、
それは、
我々の根源的な
"魂"
として感じていくもので、
そして、
その"魂"の反応が
今の
"自分"
という存在を知らしめる。
時に
我々人間は、
感じるものと思考するものとの狭間で
事あるごとに右往左往するけれど、
本来的には
それすらも超越した
"無"
というものがあり、
それは、
有る無しや善悪や正誤や
そんなもんじゃなく、
有るかもしれなく
無いかもしれない
ということが
ただただ あるだけ。
そう
ただただ あるだけ。
見えている時は存在し、
見えていない時は存在すらしないかも
しれない
沢山の愛すべき人々との別れから
今回もより深く
それらを学ばせてもらいました。
この学びは、
これからも
際限なく続いていくことでしょう。
自分がこの世を去るまでね
いや、
この世を去っても不確かかもしれない
でもね。
その答えを導くヒントはきっと日常にあり、
その答えを導くヒントは
きっと私たちの中にある。
だから、これからも、
そんな難しい問いかけへの答えのヒントを
多くの方々と共に
導いていきたいなと改めて感じています
で、
その答えの正体とはなんぞや
ちゅー話ね
それは、
僕たちが
僕たちたる
存在
となること
すなわち、
生きる
ってこと
すなわち、
幸せ
ってこと
ブログをお休み中も
お仕事はさせて頂いていたのですが、
やっぱり感じちゃいました
僕たちは
誰しも
自分という存在
となるために生きている
つまりは、
死ぬということは生きること
であり、
人は誰かの中にいつも生きていて、
それは
時代を超え、
永遠に生き続けていく。
言うなれば、
人は死なない
それは、
言わば、
集合的無意識にも通じるのだけれど、
皆んな繋がっとるのよな〜
だから、
結局は、
皆んな、
そこにいて大丈夫
焦らず、腐らず、比較せず、
表面や上辺なんてものに
決して惑わされず、
有るものを認め、
無いものも
また、
認め
繋がりを信じ
生きていく
(目に見えるものが全て正解ではなく、
正解を曇らすのは専ら自らの濁り
)
これからも
よろちくび
あっ、
本日は、
だいぶ前にいつか行きたいなと思っていて
予約してした 大鶴和江さん って方の
ワンディセミナーに伺いました。
とっても分かりやすい内容で
とっても素敵な方でした
ご本も出されているので
ご一読
おススメです
ってことで、
暫く間が空きましたが、
DNAに連綿と刻まれた
"繋がり"
を感じた私は
更にパワーアップしましたので
繰り返しますが、
よろちくび









素敵なGWを
心理カウンセラー
キャリアコンサルティング技能士2級
大阪ココロテラス
津村健司
