こんばんは
一月も本日で終了ですね
二月も
なんやかんや言いながら生きましょう
さて、
存在する。
ってだけではなく、
必要ないって言ってくれる人のためにも
存在する。
って発想も、
見方を変えれば大切なことなんじゃないかな
って私は思います。
どちらも結局は誰かの役に立っている
ってこと。
必要だと言ってくれる人のためだけに
自分が存在するならば、
それは存在意義が希薄になりがちだけど、
必要ないって言ってくれる人のためにも
自分が存在するならば、
その存在意義こそが自分の糧となる。
条件をつけずに受け入れていく。
ってのはとても難しく
勇気のいることだけど、
葛藤して苦しんだ結果得られるものは、
明らかに自分の糧になる
って私は思います。
あくまでも、私はですよ
皆んなじゃないよ。私はね
微妙な内容だから
押しつけじゃないからねー
-腹立つ人を手放す あくまでも私の一例-
(くっそー
と同時に
あー、やっぱり自分はダメなんだ〜
とか
何となく分かるんだよなー
とかの
葛藤や矛盾
→嫌だけど心に徐々に受け入れていく。
←嫌えば嫌うほど追いかけてくるから
逆に受け入れてみるってことね
→相手も自分もOKとなるには
相手は変えようもないのだから、
どう自分の心の在り方を整えていくのかに
視点を持っていく。
→またまた強い葛藤や矛盾
→次第に自分が自分を大切な存在として
認めれるようになっていく。←何故なら、
その腹立つ他者から受けるダメージを
一身に受けている自分という存在を
冷静に分析せざるを得ず、
分析するという行為は、
マイナス面をひたすら追いかける資質の方も
中にはいらっしゃるが、
本来的な我々の生存欲求は、
自己成長の欲求を持っているもの
(と信じる。)
だから、
分析したものの中から自分の優れた面に
焦点を当てるというきっかけとも
なり得るってこと。
注)この段階で信頼出来る他者の力を
借りないといけない場合も出てきますから
無理しないで頼った方が良いし、
向き合うことが全てのケースで正解とも
限りません。全てはケースバイケースで、
時期や環境が整うことがとても大切です。
→そして、自分を大切にしていくって事を
学んでいくと、不思議と、
腹立つ他者の存在も、自分と同じ大切な、
しかも弱い一人の人間として
認められるようになっていく。
腹立つが減っていく。
精神性が優位となり、寛容さに
変わっていく自分を感じることにもなる。
→あー、許せるかも?
→自分にまたまた問いかける
(この時に自分の心の動きを紙にでも書き
客観視してみる。→とても大切)
→また最後の葛藤や矛盾が訪れる。
→許せる→○→手放す
[心の中のバイバイ、儀式]
両価性[アンビバレント]の葛藤からの
統合からの解放からの自他分離
そして、再統合。
⇨人それぞれプロセスは違いますし
繰り返しますが、
性格も性質も違いますし、
様々な事例がありますから
決して画一的なものではありません。
あくまでも私が嫌な人を分離していく
プロセスの一つとしてご理解くださいね
まだまだ他にもプロセスはありますが、
機会があれば また
それは極端に犯罪を受け入れろとか
それは極端に酷いイジメを受け入れろとか
それは極端に歪な親子関係を受け入れろとか
全てを受け入れろってのとは違います。
あくまでも、
日常生活を営むうえでの
ちょっとした人間関係トラブルを
乗り越えていく智慧の一つです。
腹立つ人がいる。
腹立つ奴がおる。
一旦受け入れ、
許すとかではなく、
手放すこと。
手放すには、
受け入れざるを得ない。
ってこと
そのプロセスには痛みが伴うし、
何でアイツの為に
悪いのはアイツだー
なんて怒りが湧くかもしれません。
でも、
そのプロセスがないと
いつまでもそのままで
その嫌な相手は
居座り続けることがとても多い
条件つけずに受け入れる。
イタタター
ってのはあるけれど。
受け入れてみると
不思議なことに痛みが鈍ることがある。
そして、
許し
手放していく。
あなたが必要だという人だけの為に
存在するんじゃなく、
あなたなんか必要ないっていう人の為にも
存在してみる。
つまりは、
僕たちは、
存在していていい
存在なんですね
つまりは、
誰もが大切な存在なわけです。
だから、
どうか、悲しまないでほしいんです。
それがお伝えしたかっただけ
なのに〜
長々と書き連ねてしまいました
いつもだけどね
どなたかのご参考に少しでもなれば
幸いです。
本日もご覧くださり
誠にありがとうございました。
素敵な夜を
津村健司
Osaka Cocoro Terrace