死
2015-02-09 01:25:24
テーマ:ブログ
大変、ご無沙汰しております。
Kenです。
唐突ですが皆さんは「死」というものを
どう捉えておられますか?
私は、今は少し離れていますが、
ということが、切々と実感できます。
ほんとはね。
ほんとは、決して「死にたくはない。」
2015-02-09 01:25:24
テーマ:ブログ
大変、ご無沙汰しております。
Kenです。
唐突ですが皆さんは「死」というものを
どう捉えておられますか?
私は、今は少し離れていますが、
高齢者の方々と
接する機会の多い仕事に
接する機会の多い仕事に
従事しておりました。
殆どの方々は独居の方々です。
大体の方が、持病を抱え、日々「痛い痛い」
「しんどいしんどい」「辛い辛い」
そして「寂しい寂しい」と漏らされます。
私は、管理職ということもあって、
殆どの方々は独居の方々です。
大体の方が、持病を抱え、日々「痛い痛い」
「しんどいしんどい」「辛い辛い」
そして「寂しい寂しい」と漏らされます。
私は、管理職ということもあって、
頻繁に皆さんに
接するということよりも、
接するということよりも、
対外的な業務や、内部の
オペレーションが主であり、
オペレーションが主であり、
たまに皆さんのお部屋に
伺うと、必ずと言っていいほど、
伺うと、必ずと言っていいほど、
長時間のお話しに及びます。
そう。
皆さん、怒涛のごとく
そう。
皆さん、怒涛のごとく
お話しをされるんです。
つまり、
つまり、
「会話に飢えておられるんです。」ね。
その中で、前述したような、
その中で、前述したような、
ネガティブな発言が
必ず出るんです。
そして、これも必ずと言っていいほどに、
「早くお迎えが来て欲しい。」や
「早く死にたい」という発言に繋がります。
私はカウンセラーという側面も
必ず出るんです。
そして、これも必ずと言っていいほどに、
「早くお迎えが来て欲しい。」や
「早く死にたい」という発言に繋がります。
私はカウンセラーという側面も
持っていますので、
ひたすら傾聴し、
ひたすら傾聴し、
受容と共感的理解に努めます。
皆さん、「自分を知って欲しい」
皆さん、「自分を知って欲しい」
「自分をわかって欲しい」
ということが、切々と実感できます。
ほんとはね。
ほんとは、決して「死にたくはない。」
んですね。
ほんとは。
でも、明日の希望がなかったり、
ほんとは。
でも、明日の希望がなかったり、
目的や目標がなかったり、
ましてや、
ましてや、
高齢で身体のあちこちにガタが来て、
痛かったり、
辛かったり。。。
そして、何よりも、
孤独であること。
それが、「死にたい。」という願望に
辛かったり。。。
そして、何よりも、
孤独であること。
それが、「死にたい。」という願望に
繋がるんですね。
そして、
一方で、
社会的な名声があり、良き伴侶があり、
そして、
一方で、
社会的な名声があり、良き伴侶があり、
やりがいのある仕事を持ち、
でも、
でも、
仕事をしなくても悠々自適の生活を
送れる財力もあり、
良き伴侶と、手がけた仕事を終えたら、
良き伴侶と、手がけた仕事を終えたら、
ヨーロッパ旅行や、
世界旅行を楽しみにしていた人。
つまり、私の母なんですが、
1月23日午後5時に急逝しました。
我々家族も、
世界旅行を楽しみにしていた人。
つまり、私の母なんですが、
1月23日午後5時に急逝しました。
我々家族も、
そして本人も「死」というものを
少しは意識はしていても、
少しは意識はしていても、
日常のものとして認識せずとも
ある日突然、「死」は訪れるんです。
名古屋のホテルで入浴中に
ある日突然、「死」は訪れるんです。
名古屋のホテルで入浴中に
亡くなっていたのですが、
特別に検死先の警察署から、
特別に検死先の警察署から、
父親の車で、家に
連れ帰って来ました。
名神高速の帰途上、
連れ帰って来ました。
名神高速の帰途上、
後部座席に冷たくなった母を乗せ、
ひたすら、家路に向かいました。
何よりも、日頃、暇があれば2人で、
ひたすら、家路に向かいました。
何よりも、日頃、暇があれば2人で、
車で旅行していた父の強い意志で、
そうしたんですが、母も最後の
ドライブを楽しめたんじゃないかと
ドライブを楽しめたんじゃないかと
思いました。
その帰途上、ふと思いました。
「死」
は当然ながら、生きとし生けるもの、
全てに訪れます。
だからこそ、
「生」
が輝くのだと。
つまり。
一人の人間の「死」は
今、生きている人が、
その帰途上、ふと思いました。
「死」
は当然ながら、生きとし生けるもの、
全てに訪れます。
だからこそ、
「生」
が輝くのだと。
つまり。
一人の人間の「死」は
今、生きている人が、
より良く生きるための
道標を指し示すためにある。
究極的には、
あらゆる生き物の死によって、
今現在生かされている我々の生は
成り立っている。
ということは、
あらゆる生き物の「死」は
意味がある。
ということです。
前述の「早く死にたい」と
道標を指し示すためにある。
究極的には、
あらゆる生き物の死によって、
今現在生かされている我々の生は
成り立っている。
ということは、
あらゆる生き物の「死」は
意味がある。
ということです。
前述の「早く死にたい」と
漏らす高齢者の方々。
そして、予期せぬ死に見舞われた母。
「死」に意味があるのなら、
当然ながら
「生」にも意味があるはず。
そして、「生」の意味の最終的な終着は
「死」です。
そう。
我々が、生きて死ぬという過程。
それが、
我々の生きる意味なんです。
だから。
いたってシンプル。
「辛かろうが」
そして、予期せぬ死に見舞われた母。
「死」に意味があるのなら、
当然ながら
「生」にも意味があるはず。
そして、「生」の意味の最終的な終着は
「死」です。
そう。
我々が、生きて死ぬという過程。
それが、
我々の生きる意味なんです。
だから。
いたってシンプル。
「辛かろうが」
「しんどかろうが」
「孤独であろうが」
「孤独であろうが」
「不幸のどん底であろうが」
我々は
生きなければならないんです。
そう。
自分の「死」はきっと、
我々は
生きなければならないんです。
そう。
自分の「死」はきっと、
誰かの「生」に繋がり、
決して無になることはありません。
裏返せば
我々は
誰かの役に立つために
「生かされている」
んです。
だから、
もう。
クレバーな方は、
自己承認欲求を捨て、
決して無になることはありません。
裏返せば
我々は
誰かの役に立つために
「生かされている」
んです。
だから、
もう。
クレバーな方は、
自己承認欲求を捨て、
他者や世の中に役立つ為に生きましょう。
最近、
アドラー心理学に絡む本が、
アマゾンのベストセラーになっています。
アドラーの考え方や着眼点が、今回の私の
経験で私自身の「腑に落ちた」
最近、
アドラー心理学に絡む本が、
アマゾンのベストセラーになっています。
アドラーの考え方や着眼点が、今回の私の
経験で私自身の「腑に落ちた」
気がしました。
決して
自己犠牲ではなく、自分の自慢や、
決して
自己犠牲ではなく、自分の自慢や、
自分の不平や、ましてや、
他者や社会への不満を述べるのではなく、
他者に役立つことの出来る人間
他者に役立つことの出来る人間
になりたいものです。
だって、
自分の「死」は必ず、
だって、
自分の「死」は必ず、
誰かの役に立つのですから、
「生」も同じく役に立てなければ
「生」も同じく役に立てなければ
おかしいですもんね。
父は2人の最愛の女性を見送りました。
私にとっての実母と義母です。
しっかり、余生を全うしてほしいと
思っています。
2人の最愛の女性を見送ったの
だから。
Kenでした。
The Need of Love
Ken
Kenでした。
The Need of Love
Ken