こんばんは。




皆さんは”自信”が揺らぐ時ってどんなときですか?




以前もお伝え致しましたが、私の師事する心理学の先生から




自信とは。「自信はあるなしではない。作るか作らないか。」








という言葉を頂き、肝に銘じています。




その先生は手帳を常に携帯され、事あるごとに記入したものを確認されています。




そう、確認しなければ”人”はすぐ忘れてしまうものなんですねー。




私もその先生の真似をしながらせっせと確認する毎日です。








本日は”自信”について、今作成中の表をふとブログで紹介してみよう。




ひょとして、今、不安で心細くて、自信がなくってーっと思ってらっしゃる方に




参考になれば と思い。




かなり恥ずかしいですが掲載する事にします目








もし、今自信喪失中の方、今まで生きてきてほんの少しでも”自信”のあった時の自分を




思い出し、文字にして事あるごとに確認してみて下さい。




きっと何かが変わるはずです。








その為には、決して事実を曲げず、肯定的に感じた事象のみを記入するのがコツです。




私の稚拙な内容ですが、ほんとにへこんだ時には糧となるはずですので




(何といっても自分で経験し感じた事実ですので!!)参考にして頂ければ幸いです。ニコニコ




では。






恥ずかしいですが、作成途中ですので7項目までですがご紹介致します






自分に自信があった時  20



自信→自信はあるなしではない。作るか作らないか。




自分で自分の能力や価値などを信じること。自分の考え方や行動が


正しいと信じて疑わないこと。 (大辞泉)

                                                  




1転校した小学校の保健の先生が井村先生で、前の小学校でもお世話になった先生であった。

たまたま同時期に異動され、やんちゃな自分の事を厳しく注意され、しかし優しく見守ってくれた。

親や親類とは違う他人に目をかけてもらえる事の優越感を覚えた。

「津村!!女の子は大事にしいやー!!」という事を今でも覚えている。



2中学校のソフトボール大会の代表選手選考会の時、ピッチャーでノーヒットノーラン

4番で大ホームランをかっ飛ばした。

そして、代表選手で女子から黄色い歓声を浴びた。

肝心の試合での結果は良くなかったが、自分に大きな自信を持てた。

注目を浴びる喜びに目覚めた。




3高校生の時、単車で仲間とやんちゃしていて、いつもたむろしている喫茶店の女の子が自分の

ファンで、いつもサービスしてくれた。硬派で突っ張っていたけれども、仲間には優しい奴と思われ、

良い青春を送った。後輩もすれ違えば、健さんこんちは。と挨拶してくれ、気分が良かった。

青年の自意識を充分満たせる青春時代であった。警察に引っ張られた時も、絶対口を割らなかった

ので、お巡りさんに閉口されたが仲間を守る自分を根性ある奴と本気で思った。




4おふくろが無くなった時、じっと耐えていたけれども、出棺の時、参列者にツレの悪がき連中がいた。

それを見た瞬間、涙が溢れ嗚咽したが、その悪がき連中も嗚咽していた。

その時、俺はいいツレを持ったなっと本気で思えた。

その仲間も一人は死に、一人は行方不明である。でも大切な仲間である事は自分には一生

変わらない事実であり、そんな人間関係を築けた自分が誇らしくもある。




5そんな青春時代を送っていたので、当然高校は出席日数不足で卒業延期。一人ぼっちで校庭を

走る日々が続いた。何とか単位をもらえ卒業。さて進路は。よし大学に行こう!!

行くのなら硬派な大学が良いと早稲田の一文を目指す。しかし結果は見事に×。偏差値いくら

差があんねん!!と嘆いたところで変わらず、結局3回受けるも×。その後滑り止めの大学に

入ったが結局、中退。でもあの自分のドンキホーテのようなチャレンジは、誇れる部分が大いにある。




6そして、引っ込み思案の自分を変える為にアパレルに突入。パンチパーマをオールバックに変えて臨む。

イッセイミヤケで初めての面接。完璧に馬鹿にされる。そらそうだ。昨日までヤンキーだったのに、

その当時のトレンドバリバリのDCブランドなんてー!!しかし2社目のニコルはすんなり通る。

以降20数年、その世界を全うする事になるとは!!悔いは全く無く、選んで良かった道であった。

何事も自信よりも行動を重視していた自分が今は眩しく見える。当たって砕けろ精神は


今の自分には見習うべきところがある。




7初めての店長。21~2歳だったっけ。部下が出来、指示や指導を勘違いしながら行う。

毎日、南で遊びまわり、フィッテングで営業中寝る日々。それでも不思議と部下からは慕われ、憧れられた

上司であった。そんないい加減な新米店長。決して褒められたものではなかったが、そんな自分への

憧れはなんだったのか?不思議ではあるが、これだけは言えるのは、いつも部下の事を自分の事以上に

真剣に考え、常に守ったからではないかと今は思う。しかし、本当にハチャメチャだった。






という具合です。20項目書き出そうと思っておりますので、まだ時間はかかりますが


 


ゆっくりと思い出しながら記入していこうと思っていおります。




何かのご参考になればと思っております。




おやすみなさい。




明日も良い一日にしましょうね音譜