所変われば品変わるとはよく言ったものです。

 

悲しいことに最近は都内でコンクリートジャングルの中での研修がほとんどです。

 

しかし、独立創業時は地方で合宿研修を担当することがほとんどでした。

 

札幌の大倉山ジャンプ台の近くで5日間の合宿研修を担当し、翌日に沖縄に飛び残波岬の近くで3日間担当と言うようなかなりハードな行程を全力で取り組んでいました。

 

今振り返っても気合・気合・気合で毎日全力投球でした。

 

そんな中、広島の県北にあるグループ企業の研修を担当しました。

 

40歳以上の社員さんは兼業農家の方の比率が高く、仕事中に中抜けして農作業などを行うことを認めている寛大な会社でした。

 

また、ガソリンスタントや飲食などのサービス業に従事している人でも地元の消防団にかなりの人数が所属していました。

 

休憩中の雑談の中で、近所で火事が発生した時にお客様そっちのけで消火活動に参加したと笑っていました。

 

おおらかと言えばそれまでですが、地域と密着した仕事振りと感じました。

 

都内ではありえない働き方だと思います。

 

しかし、地域の特性を上手に活かしてる経営手法とも受け取れました。

 

そうは言っても、担当した合宿研修はかなりハードでした。

 

午後から山中を小グループで手書きの地図を持ちながら40Km行進する訓練があったり、ラジオ体操をフラフラになるまで全力で取り組む訓練もありました。

 

創業者の会長が以前ご自身が受講したハードな研修の中にあったカリキュラムを取り入れて欲しいとのご要望があったことが理由の一つでした。

 

娘婿の社長はなんと、海外の大学院卒でMBAを取得している理知的な方でした。

 

昭和の頑固おやじタイプの会長VSスマート―な若手社長の構図に見えました。

 

しかし、MBAを学んだプロセスの中に相通じるものがあるとのことで、ハードな合宿練習開催の運びとなりました。

 

会長はご年配なのでオブザーバーと言う立ち位置でした。

 

しかし、社長は一研修生として参加しました。

 

やってみせの精神を感じました。

 

最終日に会長から、「先生、研修後に時間あるよね」と有無もないお言葉がありました。

 

移動の時間をずらせばと思い「大丈夫です」と答えました。

 

その場はそれで終わったのですが、日中不在にしていた会長が閉講式に猟師のような服装で戻ってきました。

 

研修後、別会場で慰労会が用意されていました。

 

なんと、会長が射止めてきた猪が焼き肉として振舞われました。

 

初めての猪です。

 

しかし、新鮮なので臭みもなくとても美味しかった記憶があります。

 

普段は厳しい会長が、社員さんのために一日中山中を猟師仲間と行動してきたとのこと。

 

文字通り、所変われば品変わるです。