私は20代前半の頃は昼間自衛官として勤務し、夜間は大学に通う大学生でした。

 

自衛隊を任期満了退職し、大学卒業と同時に民間企業に就職しました。

 

そして、その会社で財務部に配属されました。

 

会計・経理に関する仕事を4年間自衛隊で行っていたので、ある意味適材適所でした。

 

就職した会社はとても変わった会社でした。

 

70歳過ぎの元関税署長の相談役が鎌倉から週に何日か出勤していました。

 

出社されると帰られるまで、ひたすらソロバンをはじいて各種計算書の作成と検査をしていました。

 

経理課長は62歳で元海上自衛隊の将官経験者でした。

 

この方もソロバンの達人でした。

 

何故か40代の常務取締役が私の直属上司で、よく歌舞伎町に飲みに連れて行ってもらいました。

 

ある時、「リーダー研修に行ってもらうから」と常務から声を掛けられました。

 

相談役・課長・常務の三人で話し合った結果推薦しておいたからと言われ複雑な気持ちでした。

 

社内で参加する面々を見ると、現役の営業課長を筆頭に係長・主任クラスばかりでした。

 

何故か持ち物の中に「軽い運動が出来る服装(ジャージなど)」と記されていました。

 

富士山の近くに研修施設がりました。

 

研修施設の最寄りのJRの駅からタクシーに乗って、不安な気持ちのまま研修施設に向かいました。

 

なんだか、だんだん山の中に入っていきます。

 

辿り着いた先は、禅寺でした。

 

そうなんです。

 

座禅を中心としたリーダー研修だったんです。

 

初めは見よう見まねで、座禅の所作を行っていました。

 

座禅の時間に足を組むより辛かったのが、食事の時間でした。

 

終始正座なんです。

 

しかも、全員が食べ終わるまで正座を崩しては駄目でした。

 

隣の先輩がご飯のお代わりをしようとすると、周囲の人が「いい加減にしろ」と言っているような冷たい視線に恐怖を感じました。

 

正座地獄の苦しみを乗り越えると、座禅の凄さを少しずつ感じるようになりました。

 

最初は、「リーダー研修なのに、なんで座禅なんだ」という不平不満しか頭に思い浮かびませんでした。

 

しかし、次第に気持ちが落ち着いてきました。

 

当時はバブルの絶頂期でしたので、普段は朝早くから夜遅くまで仕事をしていました。

 

ちなみに早い時は午前6時から出社して終電ギリギリまで仕事をしていました。

 

そんな労働環境の中でしたので、ある意味何も考えなくていい座禅の時間帯が心地よくなりました。

 

途中、作務と言ってお掃除や軽作業があるのですが、こちらも心が落ち着く時間でした。

 

気づけば、私ばかりか参加者皆さんがそのように感じていました。

 

不思議と相手を思いやる気持ち、一粒のお米に感謝する気持ち、自分自身がもっと勉強しなければと反省する気持ちが芽生えていました。

 

源頼朝と源義経が対面したことで有名な黄瀬川が近くに流れていて、座禅の終盤は河原の石の上で座禅する時間もありました。

 

不思議なことに、最初は黄瀬川の川の流れの音が聞こえていました。

 

次第に無音になりました。

 

次は自分の血液が流れる音が聞こえてきた時、なんだか自分が違ったステージに上がったように感じました。

 

そう簡単に人間力を磨くことは出来ません。

 

しかし、私が約30年前に体験した富士山の近くで謎のリーダー研修では、文字通り人間力を磨くことが出来ました。

 

お坊さんのおっしゃっていた「生きていることも修行なんですよ」の言葉は今でも忘れていません。

 

つまり、毎日生活してること時代が修行であり、人間力を磨いていることなんです。

 

だからこそ、一つ一つのことを無意識で行うのではなく、意識して意味を考えて心を込めて行動していきたいものです。