こんばんはユマニテ会のゆにっちです。ニコニコ

今日は先日安岡活学塾にて勉強した



君子不器 君子は器ならず


この解釈についてです。



このたった4文字の言葉ですが、論語の中では有名ですよね。

まずこの解釈について今回は3通りの解釈を学びました。


まず1つ目


①君子は器のようであってはいけないという解釈

一番オーソドックスな解釈です。


ここで器とは何かについて・・・・器とは用途があるものと考えます。



たとえばビールならグラスやジョッキ、スープは深い皿に、ご飯は茶碗に

というように、用途があります。暑いからビールを飲むときに、皿にビールを注いで

飲んでも美味しくないし、飲めませんよね。



孔子は人間に置き換えて

器→才能と考えてみると、

自分一人の才能だけで生きてはいけませんよという教訓になると思います。




公冶長の中で、

子貢という弟子の話があります(外交上手で、お金儲けが得意で頭のいい弟子)



子貢:先生、私について言葉を下さい。

孔子:お前は器じゃ。

子貢(ほめられたんじゃないな。)

   どんな器ですか?


孔子:お前はじゃ  瑚璉(これん)・・・供物を入れる最高の器のこと



瑚連であろうと、大器であろうと 器は器



器は自分を役立てることができる。

自分の才能だけで生きることができる。




だけど・・・・・・



それじゃダメだよといっています。


時には自分を無にして、捨てて忘れて

すべての人の才能を徳によって生かしていくことが大切だということです。



人材育成の神様といわれた、松下幸之助もまた、社員一人一人の才能を見つけ

良い面を引き出していく達人だったといわれていますよね。



次は今から800年ほど前の朱子の解釈



 ②あらゆる働きをする万能の器であれという解釈



 でも、論語においての君子は多能である必要はないといっているのに、

この解釈はそれと矛盾するのではないかと思われますが、

朱子ほどの人が考えたのだから、深い意味があるのでしょう。(←先生曰く)



孔子は3歳で父を亡くし、15歳で母をなくしています。

苦労して苦労して生きてきました。

生きていくために、孔子は農業もしたでしょうし、内職や肉体労働もしたことでしょう。

そうやって生きるすべとして、色々なことを体験する中で、

なんでもできる人に成長していったのではないでしょうか。

このように何でもできる人になって、

そういう人物が形成した道徳だから、

2500年たった今でも人の心に染みいるようなものとなったのか、、、



そういう先生の姿を思いうかべる中で、朱子の解釈は生まれたのかもしれませんね。



ただの器でなく、あらゆる働きをする万能の器であれという解釈も

また味わい深いものです。



あと3番目の解釈は次回にまとめますね。(長いので・・・)



第13回ユマニテ会は

9月15日(木)19:00~20:30

NOF新宿南口R3C会議室にて

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会費:3000円

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