みなさんこんにちは ユマニテ会ゆにっちです。![]()
秋になりましたね。学問の秋、食欲の秋、読書の秋 やっぱり私は新米??いえいえ
哲学を楽しみますよ~
まずはお知らせからです。
11月のユマニテ会は19:10~20:50までに時間変更します。
いつも意見交換などをしたら時間が足りなくなってしまう関係からです。
それから12月からユマニテ会は原則木曜日に変更になります。
よろしくお願いします。
8月のラッセルの哲学より「男女の知能の差について」講義の内容より
ラッセルの原文を読みたい方は→ http://russell-j.com/BOY-GAL.HTM
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一世代前の女権論者は、女性と男性の違いは生まれつきの違いではなくて、生まれたのちの後天的な教育の違いだと信じていた。(このお話は1930年代のことです)
女性は頭はよくないけど有徳的で、男性は有徳的ではないが頭はいいといった今では通用しない変な常識もあった。
強制せずに教育すればそれぞれがのびのびと本来のよさを引き出すことができる。知能に関しては、男女の生まれつきの知能について違いがあるとわかってきた。(現在では常識となっているが)男性に課してきた教育 科学・機械学を女性に課しても意味がない。
女性には物理学より生物学が向いている。
昔の考え方 物理学=優秀 生物学=それほどでもない。
たまたま男性は物理学が得意、女性は生物学が得意。
男性は、自分に都合良いように価値基準を決めた。
もし女性がまかされていたら機械など作らなかっただろうと思う。原始時代のままかもしれない。
しかし今の文明は機械文明が基礎になっている。それは、男性が作った文明といってもいいかもしれない、いや、もっと正確には、女性が、自らが選んだ男性との間に生んだ男性が作った文明。
古代から女性は優秀な男性を選んできた。そうした男性との間に生まれた男性の作った文明は素晴らしいけれど、そうした文明の成果の一つ、優秀な武器は人類全体を滅ぼしてしまうかもしれない危険な文明でもある。
人間は、 恐竜は絶滅したと人々は偉そうに言う。しかし恐竜は何億年も生存して絶滅したのだ。
人間はたかだか400~500万年。人間も恐竜ぐらい《知恵》をもって存在し続けたいですね。
またラッセルは
女性と男性は、人類の文明に同等の貢献をするべきだ。「同等の」ということは、同じことをするということではない。それぞれの得意分野で貢献するべきだということである。
これまで女性は自由ではなかったので、男性的な教育を強いられて、本来だしうる貢献をなしえなかった。確かに女性の地位は改善され向上してきた。
しかし、どこの社会も文明社会は男性優位の社会になっている。これはいったいなぜなのだろうか。
1945年日本では女性参政権が認められた。イギリス女性参政権1928年 アメリカ1920年。
私(先生)が小学校に入学した昭和23年の教育は「男女平等」と「言論の自由」だった。
男性の悪い点をまねして男女平等とイキがっている女性たちもいた。男女平等をそんなことでしか表せないのは愚かである。
人は安易な精神状況では人の悪い点をまねしてしまうのだ。
弟子は先生の悪い点ばかりをまねしてしまう傾向がある。先生だからいいだろうと思ってしまう。
(自由討論コーナーでも色々なご意見がでました)
9月のメッセージ(下記参照)に関連して
泥鰌の口は下向きに付いている。だから、市販の餌は沈下性だ。しかし、水面に浮く金魚の餌でも、しばらく与えていると、やがて、水面に上がってきて食べるようになる。下向きの口では非常に食べにくいだろうけど。
「進化論」では、「環境に適応するものが生き延びる」という。しかし、より正確には、「環境の《変化》に適応するものが生き延びる」ということだろう。
ドジョウの餌を食べる姿をみて思った。環境の変化に適応していかなければ生きていけない。
そのためには、全く視点を変えた新しい考え方を持つ必要も出てくるだろう。自分の哲学をつくりましょうといっているのは、まさにそういうことなのです。
世間は色々な情報を流して私たちを洗脳しています。情報に流されないで、自分の思想をもちましょう。
それには私たちのものの考え方を展開させないとできないし、どんな偉い哲学者の考え方でも盲従してはいけない。
いつの世もマスコミが世論作りする傾向があるから気を付けよう。
領土紛争で、インタビューに答える若いお母さん 全て他人まかせではないだろうか。
「自衛隊さん戦争に行って下さい」と思ってはいないだろうか。
「自分の息子が戦争に駆り出され、骨にして返されるのだ」と、何事も自分のこととして考えよ。
以前、私は戦争は国家権力が、いやがる人民をむりやり連れて行くものだという見解を信じていたが、今は違う。 もしかしたら、人には「他に対して残酷なことをしたい」という気持ちが本能的にあるのかもしれない。
個人的なストレスの鬱憤からくるものなどもあるのかもしれない。戦争はマスコミにあおられた国民がやれやれと盛り上がって始まってしまう場合が多い。
軽挙盲動してはならない。全く視点を変えた別の考え方をもつ必要があるだろう。
バベルの塔のお話。もともと世界の人々は一つの同じ言語を持っていた、神は、人間たちが協力したら、自分たちの智恵に迫るかもしれないと恐れ、人々の言語をバラバラにして、協力できないようにした。
世界が一つになったら、人間は神の智恵に近づくことも出来るかもしれないのだ。今なお、世界がたくさんの国々に分かれ、争い合っているのは、もしかしたら、神の陰謀かもしれないぞ。
非日常的思考が大切。世界がたくさんの国々に分かれていることが当たり前だと私たちは思っているけど、それはただ単にそれに何千年も慣れてきたからに過ぎない。
慣れているからといって正しいとは限らないのだ。
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