みなさんこんにちは、ユマニテ会 広報部?ゆにっちです。11月まであと少しですね。
今日は先日のユマニテ会で、勉強した、
バートランドラッセルの人生における断章より、
尊崇について、より少し講義の内容をお話します。
初めての方にも沢山ご参加いただき 久しぶりのラッセルでしたが、
いかがでしたでしょうか。
先生から、時間が足りず、説明不足で申し訳なかったと皆さんに
お伝えして下さいとのことでしたが、私も沢山の学びがありました。
本文より
偉大な人物への崇拝(称賛admiration)は立派な感情であり、有益な活動への刺激である。
しかし、称賛から良い結果が生み出されるためには、我々の努力次第では
到達可能な存在と考えられることが必要である。
過去の偉人が考えた事は永劫にわたって完璧であり、
いまさら再吟味する必要はないという想定を
たててそれを我々自身の怠惰の口実とすることも可能である。
度が外れた崇拝が及ぼす弊害の例としてアリストテレスをあげて論が繰り広げられています。
西洋におけるアリストテレスの権威は本当にすごいものがあったのでしょう。
でもどんなにすごい人物も神格化してはいけない。
時に人は名声や権威が独り歩きしてしまう場合もある。
ガリレオが木星に衛星があるといったけど、アリストテレスがないといったんだから
ないと望遠鏡を覗かなかった。・・・・・・・・・
本文より
アリストテレスの影響は過去に属する。しかし偉大な人をあがめる態度は
今も変わらない。
「お前はだれだれよりも懸命だと自分で思っているのか」と立腹した親や教師が叫ぶ。
実はこの「だれだれ」という人物は殆ど例外なしに、親や教師に異論を唱えたものなのだが、
その事実は無視される。
実はだれだれというという人物は親や教師と戦ってえらくなったんだよ。ということです。
ちなみにアレクサンドロス王の父フィリポスは、アレキサンドロスは強制すると反抗する。
しかし道理を教えれば理解するという様子をみて、
世界一の哲学者アリストテレスをアレキサンドロスの家庭教師としたそうです。
孔子の考えを受け継ぐ人を儒者といいますが、儒者のモットーは
聖人学んで至るべし。
孔子は神ではない。人間なのだ。学問することによって聖人には誰だってなれるんだ。
努力しようじゃないか。聖人なれっこないなんて、怠け心である。
人は自分にとって都合のよい事は、少々まちがっていたとしても、
すっと受け入れる癖がある。
だから注意しなければならない。←先生曰く
なんとなくわかっていたような事をきっちり言葉にされると、
衝撃を受けるほどの、大きさになって迫ってきます。
自分の都合で物事を考えないように注意していきたいものです。
後半には
ラッセルはヒットラーを予見していたのかもしれない内容があります。
その時代の偏見(ドイツ人が世界一優秀な民族であるということ)を熱烈な雄弁で代弁した。
ドイツのインテリもなびいてしまった。
ヒトラーはニーチェの哲学を悪用しているといわれている。
哲学はよくも悪くも使える。
根底にあるべきは愛情。これがない時、人は国は誤った方向にいってしまう。などなど
本文より
我々に救いはただ一つ、探究的科学的態度を養う教育制度の樹立でしかない。
おそらくもう二、三世紀を経て後に、これが試みられると思われる
としめくくられています。
自分の目で見て、自分の頭で考え判断する力をつけていかなければならないのでしょう。
ラッセルのページをご覧になりたいかたは
http://www005.upp.so-net.ne.jp/russell/REVERENS.HTM
さあ次回はまた論語が始まります。お楽しみに。
初めての方は先生へのご質問などありましたら、お気軽にメール下さいませ。
次回のユマニテ会は11月18日です。 12月16日
ユマニテ会のお申し込み、お問い合わせは humante@live.jp
まで皆様のご参加をお待ちしております。
☆☆☆☆☆
自分の哲学を作る講座 ユマニテ会
humanite@live.jp
http://ameblo.jp/humanite/
☆☆☆☆☆