大記録 | 蒙御免

蒙御免

大相撲の番付表の中央上部に書かれている言葉。江戸時代の勧進相撲の名残で、興行の許しを得たことを知らせる記述である。

昨日は十五夜でしたね。

美しい月が見られる日です。ただ、満月ではないそうです。

満月は今日で本来一番美しい月が観賞出来る日なのですが、あいにく関東は雨です。

 

昨日で大相撲秋場所終わりました。このブログは元々相撲に関してのものです。

相撲に関してはいろいろありまして。

今回は若干書いてみます。

 

●白鵬関

凄いですね。幕内1000勝。

この先、体調が万全でないときは、誰が何と言おうとしっかり休んで、万全の時だけ出場して欲しいですね。

そうしても誰も文句は言わないでしょう。

無理して出てきても張り手、かちあげ、呼吸をずらした立ち合い等が多くなりますから。

 

この横綱が達成してきたいろいろな記録はもう誰も破れないでしょうね。

 

唯一、この横綱が達成していない記録として双葉山関の69連勝があります。

双葉山時代の場所数と取組数は年二場所で一場所11日間〜13日間です。

コンデショニング等考えて一概には言えませんが、この記録は凄いですよね。

69連勝はこうなっています。

 

昭和11年1月場所(東前頭2枚目)から昭和14年1月場所(東横綱)4日目●外掛け相手安芸ノ海節男   

本場所で3年間も負けていないのです。

 

双葉山は年の本場所2回(当時本場所では東京開催のみでした)以外の準場所(大阪、名古屋、福岡など)というのが開催されていました。

ここでも87連勝という記録を達成しています

昭和12年6月の大阪関目国技館場所の五日目から、昭和13年6月の西宮球場での準場所三日目●九州山

 

記録は破られます。

ただ、この白鵬関でも破られないとすると、どのような力士がこの69連勝という記録を破るのか。

想いをはすのも楽しいですね。

 

●横綱

序盤を見ている限り、後半戦が思いやられましたが終わって見れば10勝5敗。

本当に立派でした。

満身創痍、相撲感の戻っていない横綱に、対戦相手は敢えて横綱の左への攻撃はしませんでしたね。

『情け相撲』といっても良いのでしょうか。八百長?それとは違った性質のものです。

 

所詮総数692人、上位は100人に満たない男の所帯です。こうゆう気持ちがあって良いと思います。

こうゆう事言うと怒られるかも知れませんが、ある意味で日本人の美徳をうっすら感じて良いと思うのですが。

 

 

●角番大関

好きなのです。

母指を上げると土踏まずが上がります。
このメカニズムをウインドラス機構といいます。
足底筋膜が緊張して足根骨がロックされ、ふくらはぎの筋(下腿3頭筋)が効率良く働ます。
 

これができないとしゃがみ込みからの立ち上がり(スクワット)歩行際の蹴り出し、ジャンプダッシュなどしっかりとできません。

そこから波及して大腿後筋(ハムストリングス)、お尻の筋(大殿筋)が働き歩行の際の蹴り出し、しゃがみ込みからの立ち上がりからジャンプ等を生み出します。
足の親指の痛めるとこのメカニズムが働かなくなります。
足の親指が上がらないと足裏(足底筋膜)に、いずれはハムストリングスに負担がかかってきます。一般の人でもいろいろと支障が出るはずですから、トップ競技者になるとなかなか大変だと思います。
また、ここは非常に治りずらいところです。

このところの横綱白鵬の立ち合いのキレや踏ん張りがきかなかったのは多分このためでした。

栃の心関も大変なハンデイで、苦しんだと思います。

 

●白鵬関の記録達成ついでに:大昔の日本跳躍陣の記録

 

1931年10月27日南部忠平先生が走り幅跳びで7m98を樹立。

1931年と言うと昭和6年。戦前です。

破られたのはつい最近といっても良いでしょう。

もちろん当時の世界記録で、日本記録としては山田宏臣選手(8m01)に破られるまで39年かかりました。

ちなみに先生は、翌年の1932年の第10回ロスアンゼルスオリンピック大会で三段跳び金メダル、走り幅跳びで銅メダルを獲得しております。

この時代の日本跳躍陣は凄まじく。

三段跳びでオリンピック3連覇しています。

第9回オリンピック:アムステルダム金メダル:織田幹雄先生、第10回オリンピックロスアンゼルス:金メダル:南部先生、大島鎌吉選手、銅メダル。11回第オリンピックベルリン:金メダル:田島先生、原田正夫選手銀メダル

 

大脱線でした。

 

皆様くれぐれもお健やかに。