Dearにっぽん「クジラ眠る山里で」 広島・庄原 

 

最近1番楽しみにしている番組は、NHKで日曜朝にやっている「Dearにっぽん」です。

 

この前の日曜日に見たのは、広島県庄原市を舞台とした「クジラ眠る山里で」という話でした。

 

 

かつて海の底だった庄原市は、山里にあるにもかかわらず海の生物の化石が採れます。

クジラの化石の産地として世界的にも有名だそうです。

 

おもしろいのは、化石を掘る人たちは「庄原化石集談会」というアマチュアの人たちの集まりなことです。

アマチュアでありながら、専門家も驚くような技量を持っている人たちです。

 

 

 

番組では小学4年生のつつむくんがメインで取り上げられます。

つつむくんは、弟とお母さんと庄原化石集談会に入会してきた男の子です。

 

つつむくん一家は広島市内から庄原へ引っ越してきたのですが、その理由をお母さんが語ります。

 

 

「小学校2年生のときに不登校になって、もうとにかく宿題が嫌だ、学校も嫌だ。」

(ここで母に私みたいだとつっこまれるニヤニヤ)

 

それでも無理やり学校に行かせていると…

「どんどん状態が悪くなっていって、あの子らしさがなくなっていって。

目もつり上がって、ストレスで体もボロボロになって。」

 

最終的に制服に着替えられなくなり震えている姿を見て、「行かなくていい」と言ったそうです。

 

 

なんだか自分に重なるような気がしました。

 

 

その後、つつむくん一家は化石繋がりで庄原に一か八か移住を決めて、今では学校にも楽しく通えているそうです。

 

この回を私は何回も見てしまいました。

どうして何度も見てしまうのだろうと思いながら見ていました。

 

 

 

 

 

理系へのこだわり

 

なぜ自分はこれを何度も見てしまうのか?

 

考えてすぐに出てきたのは、「誰も知らない土地へ行きたい」「憧れがある」「道を外れたい」「癒しがほしい」ということでした。

もう少し考えると、どうも自分は理系としての肩書きを捨てたいのではないかと思い始めました。

 

 

そもそもなぜ理系を選んだかというと、元々興味があるものが理系一筋で、小学生のときはずっと獣医になりたいと思っていたからです。

 

中学生になってから夢は破れて、今度は化学が好きになりました。

高校生のときも化学の授業は受けているだけで幸せでした。

 

しかし、途中から記憶も何もかも崩れていきました。

 

だから今でも私の化学の知識は、家でいえば柱すら立っていません。

 

 

それでも理系にこだわったのはよくわかりませんが、理系という肩書きにプライドがあったのかもしれません。

大学入学頃に書いたブログの自己紹介にも「理系」の文字が入っています。

 

この前の授業じゃないけど、親からの期待もありそうです。

 

 

 

 

 

理系の肩書きを捨てたい

 

理系の肩書きを捨てるということは、そのままの自分自身を肩書きにするということです。

 

理系の肩書きは、完璧主義的だった子どものときから綿々と続いている気がするからです。

 

 

最近、薬のおかげでなんとか立ち直ってきたところでも、やっぱり理系から離れたいと思うようになりました。

 

理系の肩書きを捨てたい。

 

 

関係ないように見えるけれど、どうも場面緘黙が自分の鍵になりそうだと最近は思います。

話さずにじっと見つめてきた世界は自分しか知らないからです。

 

子どものときあれだけ恨んだ場面緘黙が今では特別で大切なものになっている。

不思議な体験をしているような気分です。