丹波市山南町の山の奥にある首切り地蔵尊。

20年前に行ったことがかすかに記憶に残る。

しかし、薄暗く怖く悲しいという記憶。

 

そのふんわりした記憶が何だったのか

確かめに、この地を訪れてみた。

 

夕方、しかも雨が降る前で

薄暗く人の気配もなかったので

やはりこわい。

 

由来…

簡単にいうと、戦いに敗れた平家のキラキラしたお姫様たちが、

夢も破れ、ボロボロになりながらここまで逃げ迷い

ほんの少し憩いを求めて身を寄せた。
しかしそれも束の間。落人狩りに捕らえられて処刑され

敢えなく悲運の最期を遂げたらしい。

それを聞いた里の人たちが、姫たちの儚さを嘆き哀れんで

碑を建て野花をたむけ弔い祭ったのが始まりで

いつからか首切地蔵尊と呼ばれ今に伝えられているらしい。

 

今では7体のお地蔵さんが祀られており、

春秋の2回の大祭には行者の方々の大護摩焚きが行われ、

首から上の願い事が叶うとされ合格祈願のご参拝が多いそうです。

 

私たちがいったこの日も
教育に携わる方がお参りにこられ祈願されていました。
 

大雨の中、身動きとれない私たちに傘を提供いただき

私たちもこの里の方に救われるという伝説も

新たに刻まれました。

 

姫たちも、親切にしてもらった

地元の人への恩返しに

天からあたたかく見守り

応援してくれているのでは

ないでしょうか?

 

三条河原の秀次達も
忘れずに 後世に伝えて行く事を
求めてるのかな?と

答えのでない 答えを考えてみました…

 

「答えのでない答えを考えてみる」

悲しい歴史上の史実に向かい合ったとき、

その時のその人たちの気持ちを

わかることはできないけど、

その人たちの気持ちに寄り添ってみるって

大切なことだと思った一日でした。