春風ヒロの短編小説劇場 -7ページ目

春風ヒロの短編小説劇場

春風ヒロが執筆した短編小説を掲載しています。

 秋が近づいてきた。
 特に私がそのことを実感するのは、スーパーの青果売り場にナシやリンゴ、栗などの秋の果実が並んでいるのを見たときだ。
「ああ、秋だなあ……」
 しみじみと季節の移り変わりを噛みしめていると、つややかな紫色のぶどうが目に入った。
「ぶどう……、あの人が好きだったな……」
 線が細く、いつもどこか遠くを見つめているような、彼の姿がふと脳裏に浮かぶ。
 もう、あのときの彼はいないというのに。
 思いだしてしまうのは、やっぱり昔の彼に未練があるからなのだろうか。
 そんなことを思いながら、私は一房のぶどうを手に取った。

 彼と出会ったのは、学生時代のことだった。
 当時の私は、スポーツをやっていたわけでも、特別な鍛え方をしていたわけでもない。それでも、彼より私のほうがはるかに頑丈に思えたし、事実、丈夫だった。
 彼は体が弱く、よく入院していた。ゼミの課題やレポートの資料を届けるため、私は病院へ何度も足を運んだ。
「オレは昔から、体が弱かったからね。本ばかり読んでたんだ。太宰治や坂口安吾、織田作之助なんかの無頼派の作品が特に好きでね。40歳までは生きられないんじゃないかと思ってる」
 読みかけの本をひざに置き、窓の外をぼんやりと眺めながら、ポツリと言う。その言葉が、妙に重々しい説得力をもって私の胸に突き刺さった。

 彼のために私ができるのは、できるだけ足しげく病院へ通い、彼を見舞うこと。そして、彼の好物を差し入れることくらいだった。
 彼の好物。それが、ぶどうだった。
 巨峰でもデラウェアでもマスカットでも、ぶどうであれば何でも良かった。ひざの上にタオルを広げ、ぶどうを無心に食べている間だけは、彼も死を意識せずにいられるようだった。だから私は、見舞いに行くたびにぶどうを持参した。ぶどうが手に入らない季節には、ぶどうゼリーやぶどうケーキなど、ときには山盛りの干しぶどうなど、とにかくぶどうを使ったお菓子を持っていった。

 そのころ、私が読んだ本の中に、オー・ヘンリーの『最後の一葉』があった。
「ナポリ湾を描きたい」という夢を持つ若い画家、ジョンジーことジョアンナが、肺炎に冒され、やつれていく。
 ジョンジーを診察した医者は、彼女の友人のスーにこう話す。
「助かる見込みは ―― そう、十に一つですな」
「で、その見込みはあの子が『生きたい』と思うかどうかにかかっている」
 その後、病室を訪ねたスーは、窓の外を一心に見つめるジョンジーの姿を目にする
「もう残っているのは五枚だけね」
「何が五枚なの? スーちゃんに教えてちょうだい」
「葉っぱよ。つたの葉っぱ。 最後の一枚が散るとき、わたしも一緒に行くのよ」
 有名すぎるこの場面が、病室で本を読みふける彼の姿に重なった。

「ねぇ、退院したらやってみたいこと、ない?」
 ある日、私は彼に尋ねた。
 唐突な質問だったが、彼は私の意図をくみ取ったのか、ニヤリと笑ってしばらく考え込んだ。
「そうだな……、ぶどう狩りに行ってみたいな。摘みたてのぶどうを、腹いっぱい食べてみたい。それができたら、思い残すことなく死ねるかもしれないな」
「もう! またそんなこと言うんだから! でも、約束ね。退院したら必ず、一緒にぶどう狩りに行こうね」
「ああ……分かったよ」
 彼はいかにも面倒くさそうに答えていたが、その目がキラリと輝くのを、私は見逃さなかった。

 あれから20年の歳月がすぎ、現在。
 スーパーから帰り、夕飯の支度をしていると、携帯電話が鳴った。
「もうすぐ帰るよ! 土産あるよ!」
 電話の向こうから、テンションの高い夫の声が響く。
 その声の大きさに私は軽く辟易し、携帯を耳から少し遠ざける。そのとき、食卓に置いていたぶどうが目に入り、複雑な気持ちになった。
 死ぬことばかり考えていた、あの人はもういない。
 陰鬱な男が好きなわけではなかったが、当時の彼のはかなげな雰囲気や、どこか陰のあるところに惹かれていたのは事実だった。
「ただいま!」
 でっぷり太った、やたらとテンションの高い夫が足音も高くリビングに入ってきた。手には何枚ものパンフレットを持っている。
「ぶどう狩りツアーのパンフレット! 旅行代理店回って集めてきた! ぶどう食べるだけだと、お腹がぶどうになっちゃうから、ワインの醸造所見学と試飲もできるツアーが今年のお勧めだよ!」
 ええい、騒々しい。アンタのお腹はとっくの昔にワイン樽だ!……と言ってやりたいところだが、テーブルに置いてあったぶどうを見るなり、
「おっ、母さん、ぶどう買ってきてくれたんだ! さすが、気が利くね! 素敵だね! 日本一の奥さんだね!」
と私をおだてながら、無邪気に喜んでいる姿を見ると何も言えなくなった。
 もう、あのときの彼はいない。
 だが、ずっと陰気なまま、そのうち愛人でもつくって玉川上水に飛び込むんじゃないかと心配し続けなきゃいけない当時の彼よりは、ぶどうの食べ過ぎですっかり太ってしまってもなお、毎年のぶどう狩りをこよなく楽しみにしているいまの彼のほうが、はるかに安心できる。
 食べすぎにだけは、注意しなきゃいけないけど。


本作は某コミュニティサイト内で投稿されたお題をもとに執筆したものです。

本作のお題は「学生時代、約束、ぶどう狩り」でした。

「いまごろ彼女は、どうしてるのかな……」
 うす暗いバーのカウンター席で私は一人、グラスを傾けながら、そんなことを考えていた。
 つい先日、私はある女性に指輪を手渡し、「一生、一緒にいてほしい」と告げた。結婚の申し込み、いわゆるプロポーズだ。そして、彼女もそれを受け入れてくれた。
 他人からすれば、私は人生で最も幸せな瞬間を味わっていると思うことだろう。
 しかし、いま私が思い浮かべているのは、婚約者の顔ではなかった。

 彼女と出会ったのは3年前。知人の紹介という、ごく一般的なきっかけによるものだった。
 彼女の第一印象は、「ビックリするほどの美人」だった。
 もともと、端正な顔立ちの女性だった。加えて彼女の美しさを際立たせていたのは、少し陰りのある表情だった。陰りを帯びた、伏し目がちの切れ長の瞳。時折、人知れず切なげなため息をつく様子は、ゾクッとするほどの色気を感じさせた。
 彼女と付き合い始めてすぐ、私はその陰の正体を知らされた。
 何のことはない。かつて付き合っていた男が忘れられずにいただけのことだった。
 ただ、その「だけ」は、はるかに高い壁として私と彼女の間にそびえ立っていた。

 彼女はかつて、ある男と付き合っていた。
 彼は30代半ばですでに小さいながらも会社を経営し、忙しい毎日を送っていた。
 しかし、バブル崩壊後の日本では、ごく一部の例外を除き、どこにも景気のいい話などなかった。
 男の会社も同様だった。
 いくつかの取り引き先では、男の誠実な人柄が評価され、それなりの収益を上げていた。しかし、それらの取り引き先が業務内容を縮小していくと、男の会社はたちまち身動きが取れなくなった。
 当時、彼女は20代前半だった。社会に出たばかりの彼女に、男は仕事の悩みなどをほとんど打ち明けなかった。ただ一度、「仕事がうまくいかない」と漏らしたことがあっただけだった。
 最期の日、男はいつものように彼女に電話をした。他愛ない雑談を1時間ほど続け、「じゃあね。おやすみ」と電話を切り、そのまま会社の入ったテナントビルの屋上から飛び降りた。
「彼を死なせてしまったのは私。最後まで彼の苦しみに気づかなかった。私が支えてあげられたら、彼は死なずに済んだはず……」
 彼女は自分を責め続け、
「彼の苦しみに気づけなかった私に、人を愛する資格なんてない」
と、10年近く、一人で過ごしてきたのだった。
 しかし三十路を迎え、少しずつ男の死を受け入れられるようになってくると、自分も若干の寂しさを覚えるようになった。多くの友人が結婚したことも、引き金になったのかもしれない。
 そして、知人の仲立ちで私と出会うことになった。

 私は彼女のことを心から愛していた。
 彼女のためなら、どんな無茶な願いでも可能な限り応えた。午前3時に泣きながら電話口で「寂しい、今すぐ来てほしい」と言われてもすぐに駆けつけたし、週末は彼女の住むワンルームマンションで得意料理をふるまい、夜明けまで酒に付き合った。すすり泣く彼女を抱きしめたまま何時間も話を聞き、泣き疲れて眠った彼女を布団に寝かしつけた後、自分は床で眠ることもしばしばあった。
 それもこれも、彼女のためなら苦にならなかった。

 しかし私には、彼女の陰を完全に振り払うことはできなかった。
 どれだけ一緒にいても、私は彼女が心の底から笑うのを見たことがなかった。
「彼女を喜ばせたい」という私のささやかな欲が満たされることのないまま半年余りの時を共に過ごし、彼女が告げたのは、
「あなたのことは好きだけど、愛することはできない」
という言葉だった。
 彼女自身も悩み抜いた末の結論だった。それが分かっていたから、私も静かに受け入れることができた。
 死人には、かなわなかった。

 私はその後、別の女性と交際を始めた。
 その女性は、前の彼女と違って笑顔の似合う、ふくよかな人だった。私に尽くされるよりも、私のために尽くすことを何よりの喜びとする人だった。
 容貌やスタイルはまったく好みのタイプではなかったが、交際を重ねるうち、私にとって彼女なしの生活はもはや考えられないものになっていった。
 彼女とともに、彼女のために生きよう。
 その決意を指輪に託し、手渡した。
 だが、その一方で、前の彼女のことをまだ忘れられずにいることも事実だった。
 酒とともに飲み込んでしまうことができればと思い、こうして飲みに来たが、酔いが深まるにつれて思い出すのはやはり、彼女のことばかりだった。
「いままで、ありがとう」
 彼女は最後にそう言った。しかし私には、まだ同じセリフが言えそうになかった。


本作は某コミュニティサイト内で投稿されたお題をもとに執筆したものです。

本作のお題は「ありがとう、欲、結婚」でした。

「ぼくはアーリータイムズのロック」
「私はジントニックを」
「え!? ジントニックって、男が頼むものじゃないの?」
 ある日、来店したカップルが、最初にオーダーしたときのやり取りだ。
 女性がジントニックを頼んだとき、男性は不思議そうにそう尋ね、物言いたげな顔を私に向けてきた。
「カクテルに男も女も関係ないでしょ? 好きなものを頼めばいいじゃない。ですよね?」
 女性も、私のほうに物言いたげな顔を向けてくる。
「彼女さんの言い分のほうが、一理あると思います。カクテルに男も女も関係ありませんよ」
 私が答えると、女性は「ほら見たことか」と勝ち誇った顔をしてみせた。
「でも確かに男性向けというか、かなりハードな味わいのカクテルはありますよ。あるいは、ハードボイルド映画や小説の影響で、男の飲み物というイメージのついたカクテルなんかもありますね」
「へー」と感心する二人を前に、私は男性が注文したバーボンのロックと、ジントニックをテキパキと作って差し出した。
 その後、私が二人と言葉を交わすことはほとんどなかった。しかし、最初にそんなやり取りをしたせいか、私はそのカップルのことが妙に印象に残っていた。

 数日後、その時のカップルの女性が、今度は一人で来店した。
「ジントニックをお願いします」
「かしこまりました」
 オーダーを受けた私は、すっかり体に染みついた手順でジントニックを作り、差し出した。
 ジントニックは、とてもシンプルなカクテルだ。基本となるレシピは、ジンとトニックウォーター、それにライムだけ。しかし、シンプルだからこそ、作り手によってまったく味が変わる。
 ベースに使うジンや、トニックウォーターの銘柄、混ぜ合わせる比率。ライムを絞ってグラスの中に実を落とすスタイルもあれば、カットしたライムを縁に飾るスタイルもある。
 また、作り手の技量も問われる。ジンが多いと苦みが強くなるし、トニックウォーターの注ぎ方が乱暴だったり、ステアしすぎたりすれば炭酸が抜けて味がぼやけてしまう。
 バーテンダーが一番最初に練習するカクテルの一つであり、私自身も何百、何千というジントニックを作ってきた。
 彼女はジントニックを飲みながら、何かを確かめるようにうなずいていた。
「マスター、ちょっと聞いてもらってもいいですか?」
 おもむろに話しかけられ、私は、
「ええ、うかがいましょう」
と答えた。

「私はいつも、一杯目にはジントニックを頼むことにしてるんです。……なんて言うか、自分の中のジンクスのようなものなんです」
 そういった客は決して少なくない。「MoonLight」の常連客にも、「一杯目は必ず同じ銘柄のバーボン」という客や、「このカクテルを注文したら、その日は最後」という客がいる。私はうなずきながら、彼女の話に耳を傾けた。
「初めてジントニックを飲んだのは、5年ほど前です。バーテンダーの修業をしてた当時の彼氏が、作ってくれたんです。とても美味しくて、ジントニックが大好きになったんです」
「なるほど、そうだったんですか」
「結論を言ってしまうと、彼とは別れてしまったんですけど、あの彼の作ってくれたジントニックの味が忘れられなくて、バーに行くと、いつも一杯目に頼むことにしてるんです」
「思い出の味というわけですね」
「そうなんですよ。彼のことが忘れられないわけじゃないんですけど、あの時、初めて飲んだジントニックの味は忘れられなくて、ずっと探し続けているんです」
「当店のジントニックは、いかがでした?」
「美味しかったですよ。思い出の味とは違いましたけど……」
「そうでしたか。納得のいくジントニック、いつか見つかるといいですね」
「ええ、それが見つかったら、自分の中の何かが変わるんじゃないかと思います。だけど、あれを超えるジントニックが見つからなくても、思い出は思い出のまま、残していてもいいんじゃないかという気もするんですよ」
『思い出は思い出のまま、残しておく』――その言葉に、私はふと、自宅の冷蔵庫にしまってある蜂蜜酒のことを思い出した。
「……見つかると、いいですね」
 顔に笑いを張り付けたまま、噛みしめるように同じ言葉を繰り返す。何も知らない彼女は、
「この話、彼にはバラさないでくださいね。彼、あんまりお酒に詳しくないし、変に勘ぐられたり、妬かれたりしたくないですから」
「もちろん、承知しておりますよ。ご安心を」
 私の言葉にニコニコとうなずき、グラスを空けたのだった。

 閉店後。
 店内で私は一人、腕組みをしていた。
『思い出は思い出のまま、残していてもいいんじゃないか――』
 その言葉が頭から離れなかったのだ。
 腕組みをとき、無言でジントニックを作ってゆっくりと飲み干す。何百、何千と作ってきた、いつもと変わらない味がした。
 変わらないもの。そして、変わっていくもの。
 自分にとって何が一番大切なのか。
 考えても、答えは見つかりそうになかった。


本作は某コミュニティサイト内で投稿されたお題をもとに執筆したものです。

本作のお題は「ジントニック(統一テーマ・自分の好きな酒)」でした。

 常連客がそろって夏休みを取ってしまったのか、その日は開店からずっと、来客がないままだった。
 ようやく一人目の客が来たのは、10時を回ってからだ。
「やあ、坂崎さん、いらっしゃいませ。ずいぶんとお久しぶりですね」
 ヒマを持て余していた私は、ようやくの来客が嬉しくて弾んだ声を出した。
 その客――坂崎はかつて、毎週のように店を訪れていた常連客だった。しかし、1年ほど前からパタリと店に来なくなっていた。
「ハハハ、ご無沙汰してました。ちょっとプライベートでいろいろあって……」
 どこかで一杯やって来たのか、軽く赤らんだ顔にあいまいな笑みを浮かべ、坂崎は席に着いた。そして、しばらく無言のまま、私の背後の棚に視線を泳がせる。
「……お決まりですか?」
 私がそう声をかけたのは、坂崎の視線が一カ所に定まり、じっと同じボトルを見つめているのが分かったからだ。
「え、ああ、はい。そこのデュカスタン・ファーザーズを。ストレートで。あと、ビター・チョコレートを一皿」
「かしこまりました」
 私は振り返り、棚から1本のボトルを手に取った。

「デュカスタン・ファーザーズ・ボトル」。
 その名前を聞いただけで、「ああ、アレね」と言える人は、かなりの飲み手か、酒オタクだろうと私は思う。
 しかし、一度でもそのボトルを目にした人は、二度と忘れられなくなるだろう。
 その酒は、哺乳瓶の形をしたボトルに入っているのだ。しかもボトルの首には、立派なひげを生やし、ベビー服を着て哺乳瓶を抱えた中年男性のイラストタグがぶら下がっているのだ。
 そんな特徴的なボトルなのだから、たいていのバーなら、1本は棚に置いている。ただそこに置いてあるだけで、棚が一気ににぎやかになるのだから。
 だが、その酒を注文する人は決して多くない。ボトルの見た目こそファンシーだが、中に入っているのは本格的なアルマニャック・ブランデーだからだ。
 この酒はかつて、フランス第四共和政時代、時の首相ピエール・マンデス=フランスが「国民は酒よりもミルクを飲め」と発言したことに対して、「アルマニャックは大人のミルクである」という皮肉を込めて作られたものだ。
 フルーティな香りと飲みごたえのある味わいで、ブランデー好きの間でも高い評価を得ている逸品なのだ。

 坂崎はしばらく、チョコレートをかじりながら、ブランデー・グラスでチビチビとデュカスタンを味わっていたが、おもむろに話しかけてきた。
「マスター、良かったら少し、話を聞いてもらえますか?」
「ええ、喜んで。何しろほかにお客さんはいませんし、ゆっくり話をするにはうってつけの夜でしょう」
 私が手元にミネラル・ウォーターを入れたグラスを用意し、坂崎に向き合うと、彼はゆっくり話し始めた。


 つい1年前まで、私は子供が嫌いでした。
 いや、嫌いというのは少々言い過ぎかもしれません。しかし、苦手であることに間違いはなかったんです。
 電車の中や飲食店で騒ぐ子供は「うるさい」としか感じなかったし、訪問した友人の家で、子供が無邪気に自分のひざによじ登ってきても、どうすればいいのか分からず、半笑いで子供を抱き上げ、友人に渡すのが精いっぱいでした。
 しかし今は、そんな過去の自分が信じられないのです。

 きっかけは1年前。あの日、生まれたばかりのわが子を抱きしめた瞬間、私は「父」になったのです。
 わずか40センチあまりの身長、3キロに満たない体重。そんな小さな「いのち」が、自分の腕の中で震え、精いっぱい泣き声を上げている。この「いのち」を守ってやれるのは、私と妻しかいない。私たちがこの子を守ってやらなければ、この子は数日だって生きられない。
 少々大げさな言い方かもしれないが、たとえ世界中を敵に回すとしても、私はこの子を守ろう。この子の味方であり続けよう。
 心の底からそう思ったんです。
 あのとき、私は一人の男から、「父親」になったのです。

 あの日から、私の生活は一転しました。
 飲み歩きをやめ、タバコもやめました。仕事が終わればすぐに帰宅し、ベビー布団で眠る子供の顔を見るのが、何よりの楽しみになりました。
 マスター、知ってますか? 生まれたばかりの赤ん坊は、3時間おきにミルクを飲ませなきゃいけないんです。妻はもともと、体がそんなに強くなかったですから、夜中の2時とか、3時なんかに子供が泣きだしても、すぐには起きられないんです。だから、私が代わりにミルクを作って飲ませたり、おむつを替えてやったりすることも、よくありました。おかげですっかり寝不足になりましたが、満足してスヤスヤ寝てる子供の顔を見ると、それだけで疲れも吹き飛びました。

 携帯の待ち受け画面はもちろん、すぐに子供の写真に変えましたよ。寝顔、泣き顔、笑い顔。写真だけでは飽き足らず、動画も何本も撮りました。仕事の休憩時間や通勤時間に、その動画を見るのが楽しみで仕方ないんです。
 初めての寝返り。はいはい。つかまり立ち。伝い歩き。日一日と成長する様子を眺めることが、こんなに楽しく、うれしいものだとは思いもしなかったですね。

「俺は自分の子供が生まれるまで、子供嫌いだった。自分が父親になるなんて、想像するだけでゾッとした。だけどな、自分の子供はかわいい。文句なしにかわいい。誰が何と言おうと、世界一かわいい。この子のためなら何でもできる」
 数年前、ある先輩がそんな話をしていたときは、
「はいはい、親ばかですね。いや、むしろ『バカ親』ですね」
などと、冷淡に見ていたというのに。
 いま、私は職場の後輩に、当時の先輩と全く同じセリフを言ってるんです。

 実は先週から、盆休みを利用して妻が子供を連れて帰省してるんです。
 最初の何日間かは久しぶりに独身時代に戻ったつもりで遊びに行ったり、映画を見たり、酒を飲んだりしていたんですけど、ずっと一人で家にいると、なんだか寂しくなってくるんです。夜中、子供が目を覚ます時間にふと目が覚める。いつもは顔を蹴飛ばされたり、泣き声で起こされたりして「勘弁してくれ」って思うのに、それがないと無性に寂しい。
 まったく、1年前からは信じられないような話ですよ。

「ここにやって来たのも、家で子供のことを考えながら一人で酒を飲むのが嫌になって、その気分転換のためだったのに、デュカスタンのボトルを見た途端、子供の顔が浮かんできちゃって。
 あーもう、なんだかなー。嫁さんも子供も、早く帰ってこないかなー」
 何杯目かのデュカスタンを空け、坂崎はすっかり出来上がったようだった。
「ぼちぼち帰りますよー。マスター、おやすみなさいー」
「奥さんと子供さんのためにも、どうか気をつけて帰ってくださいね」
 フラフラとした足取りで店を後にする坂崎を、私はハラハラしながら見守った。

 静けさを取り戻した店内で、私はデュカスタンを一杯だけ自分のために注いだ。
 私には、坂崎のような生き方はできないだろう。ならばせめて、彼のために祝杯を上げてやりたかった。
「良き父親に、乾杯」
「ドライ・マティーニ」。
 酒飲みならずとも、一度はその名前を聞いたことがあるだろう。
「カクテルの王様」と呼ばれ、100年以上、ドリンカーたちに愛されてきたカクテルだ。
 ジンやベルモットの銘柄、混ぜ合わせる比率、サイドに添えるオリーブなど、人によってこだわりがあり、「パーソナル・ティーニ」なんて呼び方をされるほどさまざまなバリエーションがある。
 イギリスの首相、ウィンストン・チャーチルは極辛口のマティーニを愛好していたことで有名だ。執事にベルモットで口をゆすがせた後、グラスに息を吐きかけさせ、そこにジンを注がせたとか、ジンを飲む際、執事に耳元で「ベルモット」とささやかせたとか、ベルモットのラベルを横目でチラッと見ながらジンを飲んだなんて話が伝わっている。ちなみに、「ベルモット」とささやく声が大きかったり、ベルモットのラベルが真正面に見えていたりすると、「ジンが甘くなりすぎる」と言って不機嫌になったのだという。
 また、『風と共に去りぬ』主演男優のクラーク・ゲーブルは、ベルモットのコルク栓でグラスをサッと拭い、そこにジンを注いで飲むのがお気に入りだったという。
 映画『カジノ・ロワイヤル』で主人公のジェームズ・ボンド――言わずと知れた英国諜報部M16の諜報員、コードネーム007――が「Vodka Martini. Shaken, not stirred.(ウォッカマティーニを。ステアせずにシェィクで)」とオーダーする場面を真似して、バーマンに怪訝な顔――もしくは『ああ、アレですね』とニヤニヤ笑われる――をされた人はきっと、世界中にいるだろう。
 もう一つ、ドライ・マティーニの出てくる映画といえば、マリリン・モンローが主演した『七年目の浮気』だろう。マリリン・モンローが演じる美女は、バーでマティーニを「大きなグラスでちょうだい」と注文し、一口飲んで「辛い」とバーテンダーに砂糖を入れるようオーダーするのだ。「私の故郷、デンバーではマティーニに砂糖を入れるのが普通よ」と言って。そのやり取りだけでも、彼女がいかにうぶで世間知らずな人物なのかが、見ている人には伝わるわけだ。
 それほどまでに、世界で愛飲されているカクテルが、「ドライ・マティーニ」なのだ。
「Blue Moon」へ通い始めた頭でっかちのヒヨッコドリンカー――もちろん、私のことだ――が、シングルモルトやバーボンに次いで、マティーニを注文するようになるのは、そんなに長い時間を必要としなかった。

「マティーニを作ってもらえますか?」
 その日の私の注文にマスターは少しだけ考え、
「オリジナルのマティーニでよろしいですか? ドライ・マティーニにするなら、どれくらいの辛さにいたしましょう?」
と聞き返してきた。
 普段ならすぐにボトルを手に取るマスターが、こうして聞き返してくること自体が、人それぞれにこだわりのある「パーソナル・ティーニ」ならではのことなのだろう。また、こうして好みを聞くのは、私のことをそれなりの飲み手として認めてくれたからなのだろう。
「まずはオリジナルレシピのマティーニをお願いします。ドライな飲み方は2杯目から試してみたいと思います」
「かしこまりました」
 私の返事にマスターは納得したようにうなずき、再び聞き返してきた。
「ジンとベルモットの銘柄に、何かご希望はありますか?」
「試してみたいものもありますが、最初は全部お任せします。『Blue Moon』のマティーニを飲んでみたいので……」
「分かりました」

 ベースのジンは冷凍庫で冷やしてあったボルス・シルバートップ。ベルモットはノイリー・プラット。ミキシンググラスにジン2にベルモット1の割り合いで注ぎ、静かにステアしてグラスに注ぐ。レモンピールでわずかに柑橘の香りを散らし、ホワイトオリーブを添える。差し出されたグラスには、わずかに黄色がかった酒がなみなみと満たされていた。

「お待たせしました。マティーニです」
「いただきます」
 唇にグラスを当てただけで、キンとした冷たさが伝わってくる。一口飲めば、ベルモットに含まれるニガヨモギなどの渋味と、ジンの鋭いジュネパー・ベリーの香りが広がった。
「最近はドライなものが好まれるようになって、このクラシカルレシピのマティーニを作る機会は少なくなりました。ベースのボルス・シルバートップはオランダのジンで、世界最古の酒造会社。ロンドン・ドライ・ジンに比べると、香りが複雑で、比較的穏やかな味わいが特徴ですね」
「ドライ・マティーニとマティーニの、具体的な違いは何なんですか?」
「ひと言で言ってしまえば、ジンとベルモットの比率です。ベルモット1に対して、ジンの比率を4から5にすると、いわゆる『ドライ・マティーニ』になります。また、私はマティーニとドライ・マティーニでは、お客様のご指定がない限り、ベースのジンも変えることにしています。ドライ・マティーニを作るときは、ロンドン・ドライ・ジンの『ビーフィーター』を使うようにしています。さらにドライなものになると、ベルモット1に対してジン10や、ジンの中に一滴だけベルモットを足す、ミキシンググラスにベルモットを注ぎ、ステアせずにベルモットを捨てて、そこにジンを注ぐという飲み方もあります。このあたりは、もう人それぞれの好みになってきますね」
「なるほど。『パーソナル・ティーニ』と呼ばれる所以ですね」
「ええ。よくご存じで」
 マスターの話を聞きながら、私はグラスに添えられたオリーブをかじり、最後の一口を飲み干した。

「さて、二杯目はどのように作りましょう?」
 マスターに促された私は空になったグラスを押しやり、
「ドライ・マティーニをお願いします。ベースのジンは『ボンベイ・サファイヤ』、ベルモットはノイリー・プラットで」
「良いチョイスだと思います。比率はどれくらいにしましょう?」
「5対1でお願いします」
「承知いたしました」

 ドライ・マティーニが完成した。差し出されたグラスを受け取り、一口飲む。先ほどのマティーニはベルモットの渋味を最初に感じたのに対し、こちらはジンの香りと味を真っ先に感じた。
「ああ、やっぱり香りがいいですね。それに、ドライだけど口当たりが優しい」
「『ボンベイ・サファイア』は特に、香りの華やかなジンですからね。最近はマティーニにこのジンを使う店も増えているそうです」
「あれ、私のオリジナルレシピだと思ったんですが……、やっぱり同じことを考える人は多いんですね」
「それだけ美味しい酒ということです。どこかで見聞きしたのではなく、独自に考えつかれたのであれば、なかなかいいセンスだと思いますよ」
 マスターに褒められ、いい気になった私はその日、マティーニばかりを5杯飲みつづけた。最後の一杯はマスターの勧めもあり、チャーチルを真似てベルモットのラベルを眺めながらストレートのジンを飲んだりもした。
 この日のマスターは、いつも以上に饒舌で、いつも以上に勧め上手だったような気がする。二人きりの店内で、私は深夜まで酒談議に花を咲かせた。

 後日、「Blue Moon」で働くようになってから、師匠(マスター)にあの日のことを尋ねたことがある。
「あの日はずいぶん楽しそうに、いろんな話をしてくれましたね?」
 師匠は目を細めて答えた。
「予感がしたんだ。コイツ、俺の後継者になるかもしれんってな」
 あの日からほどなくして、私はまた「Blue Moon」を訪れた。今度は客ではなく、アルバイトの面接を受けるためだった。
 ――マスターの予感は、的中したと言えるだろう。
 おかげさまでずいぶんにぎやかになった「MoonLight」だが、時折、客が途切れて静まりかえることがある。
 今夜は、そんな夜だった。
 売り上げが伸びないのは残念だが、たまには、静かに思い出に浸りながら、客を待つのも悪くない。
 数十枚置いてあるLP盤からお気に入りのアルバムを選び、それに耳を傾けながらカウンターの中や、カクテル作りの道具などを掃除する。いつ、誰が来店しても、心地よい雰囲気を満喫してもらえるように。
 私が初めて、あるバーを訪れたときに感じた、店内の清潔感や、居心地の良さ。それは、バーテンダーとしての私の原点でもある。
「いらっしゃいませ」
 初老のマスターの声が、耳の奥でよみがえった。

「ヒロやん、こういう店好きなんちゃう?」
 友人がハガキ大のチラシを手渡してきたのは、大学の講義を終え、休憩ホールでくつろいでいたときのことだった。
「SHOTBAR BlueMoon No charge Whisky各種、Cocktail各種¥800~」
 洒落たデザインのロゴが目を引くチラシだった。受け取り、隅々まで読みふける。
「この前、先輩に連れて行ってもらったんやけど、すっごく雰囲気のいい店やってん。そんなに高くないし、マスターは気さくな人やし、いっぺん行ってみたらどうかなぁ」
 そのころ、私はハードボイルド小説を立て続けに読んでおり、小説の舞台になるようなショットバーに行ってみたいと考えていた。
「ありがとう。明日の講義は昼からだし、今夜はバイトも入ってないから行ってみるよ」
 チラシの隅に書かれた簡単な地図を見ながら、私は不安と期待で胸を高鳴らせていた。

 その日の夜、8時を少し過ぎたころ。私は「○○町ビル」の前にいた。すぐ目の前に、地下テナントへ下りるための階段がある。壁にかけてある「SHOTBAR BlueMoon」の看板には、抑え気味の照明が当たっていた。
 初めての店に入る前に感じる、独特の緊張。できるだけリラックスした風を装いながら、階段を下り、木製のドアを開けた。
「いらっしゃいませ」
 そこにあったのは、映画のワンシーンをそのまま抜き出してきたような光景だった
 つややかに磨き上げられたカウンター。バーテンダーベストを着た初老のマスター。ずらりとボトルの並んだバックバー。柔らかい照明と、今では珍しくなったLPレコードプレイヤーから流れるジャズ。
「どうぞ、こちらへ」
 マスターに促され、カウンター席に座る。差し出されるおしぼりと灰皿。
「何をお作りしましょう?」
「ザ・マッカランの10年を、トワイス・アップで頂けますか」
「トワイス・アップ」とは、氷を入れず、常温の水とウィスキーを1対1で混ぜる飲み方だ。シングルモルトウィスキーの味や香りを楽しむには、この飲み方が一番適している――と、本に書いてあったのを、実際に試してみたかった。
 マスターはにこやかにうなずき、
「かしこまりました。なかなか通な飲み方をされますね」
「いやあ、本の受け売りです。こういうお店に来たら、一度、試してみたかったんです」
「そうでしたか」
 笑いながら、グラスを差し出した。
 まずグラスを光にかざし、酒の色を楽しむ。そして鼻先でフルーティな香りを味わってから、一口、口に含む。最初に感じるのは、しびれるようなアルコールの刺激。舌の上で酒を転がし、その感覚に舌を慣らす。やがて立ち上がってくる、均整の取れた甘み。ドライフルーツを思わせるややスパイシーな香りを、ハチミツのような香りが包み込む。ゆっくり飲み込むと、スルスルとのどに流れ、後に馥郁とした木の香りが残った。
 満足のため息をつく私に、マスターは尋ねた。
「失礼ですが、当店は初めてでいらっしゃる?」
「ええ、大学の友人がこのチラシをくれまして」
 私はチラシを取りだして見せた。
「そうでしたか。ゆっくり楽しんでいってください。モルトがお好きなんですか?」
「本で読んで、飲んでみたいものはたくさんあるんですが、まだまだ勉強中です」
「では、これからぜひご贔屓に」
「はい、そのつもりです」

「二杯目はどうされますか?」
「お勧めのモルトがあれば、教えていただけますか?」
「マッカランがお気に召したのであれば、ザ・グレンリベットはどうでしょう? シングルモルトの原点。モルトの勉強をするなら、飲んでおいて間違いないと思いますよ」
「じゃあ、それで」
「こちらもトワイス・アップにしますか?」
「はい、お願いします」

 その日は平日だったこともあり、店に滞在した約二時間あまりの間、客は私一人だった。おかげで、マスターと二人きりで思う存分、酒談議に花を咲かせることができた。
 それは私にとって、この上なく楽しい時間だった。
 店を出るとき、「次はいつ来ようかな……」と、頭の中でスケジュールを確認してしまうほどに。

 この日がきっかけで、私のバー通いは始まった。しかし、まさか後にこの店でバーテンダーの修業をし、自分の店を持つようになるなどとは、当時の私に想像できるはずもなかった。

「今日も一日、お疲れ様……っと」
「MoonLight」の看板のスイッチを切り、一日の精算を済ませて店を後にする。
 今日はバレンタインデー。特にカップルの客が多かったように思う。
 バレンタイン特製のチョコレートカクテルを、今日だけで一体、何杯作っただろう
 しばらく、カカオの香りは嗅ぎたくないな……と考えながら、私は自転車にまたがった。これから郊外の自宅まで、約15キロの深夜のサイクリングだ。凍えるように冷たい風を浴びて30分も走れば、体に染みついたチョコレートの匂いも、すっかり消えることだろう。

「あー、寒いっ!」
 帰宅すると、私は真っ暗な部屋の電気をつけ、暖房のスイッチを入れた。そして、バスルームに駆け込む。冷え切った体をシャワーで温め、ようやく人心地がついた。
 冷蔵庫を開ける。ドアポケットに二本のボトルが並んでいる。どちらもウィスキーの空き瓶だが、一本はラベルも何もなく、もう一本には、ハートや小熊のイラストを描いたラベルに、「蜂蜜酒 2004.9」と書いてある。
 私は無地のボトルの中身をグラスに注ぐと、リビングルームのソファに腰を下ろし、深いため息をついた。

 2004年9月中旬。
 世間は三連休を前に、どことなく浮き立った雰囲気に包まれていた。
 しかし、水商売の人間にとって、連休は書き入れ時。もちろん、休みどころではない。
 それは、遊びにきた彼女も十分、分かっていた。
「今日はヒロ君に、お土産がありまーす」
 おどけながら彼女が差し出したのは、ウィスキーの空き瓶だった。
「……蜂蜜酒?」
 私はボトルのラベルを見て、目を丸くした。
「そう。ミードっていうんだって」
 ミード――蜂蜜に酵母を加えて作る醸造酒。聞いたことはあったが、実物を目にするのは初めてだった。しかも、自分で作れるとは思っていなかったので、驚きはひとしおだった。
「ね、味見してみてよ」
 黄金色の液体をグラスに注いで差し出す。ふわっと蜂蜜の香りが鼻をついた。一口、飲んでみる。意外なことに、ほとんど甘みはなく、アルコールの刺激と共に、渋みや酸味が口の中に広がる。強いて言えば、シェリー酒に似た味だが、香りは間違いなく蜂蜜そのものだった。
「へえ……うまいね」
「でしょ? 初めて作ったんだけど、結構美味しかったから、嬉しくなっちゃって。11月まで熟成させるんだけど、ちょっと味見をと思って」
「11月……そっか。結婚祝いってわけだね」
「そういうこと」
 ミードは、古代ローマ時代から作られていたと言われている。滋養強壮に特効があると考えられ、中世ヨーロッパでは、結婚すると新婦が1カ月間、ミードを作って新郎に飲ませ、子作りに励んだという。これが「ハネムーン」(蜜月)の由来なのだ。また、恋人のことを「ハニー」と呼ぶのも、ミードに由来している。
「蜂蜜を薄めて、ドライイーストを混ぜて作るんだよ。いまはインターネットで何でもレシピが調べられるんだから、便利な時代だよね」
 彼女は、そう言って笑った。

「で、式のことなんだけどね――」
 ここからが本題と言わんばかりに、彼女はガサガサと音を立てて何枚もの書類を取り出した。ドレスや披露宴の料理、引き出物のカタログ、これまでに式場の担当者に作ってもらった見積書などなど。
 結婚式まで、あと2カ月となっていた。式場も決まり、披露宴に呼びたい人は、すでに声をかけて招待状も送った。しかし、まだまだ決めなくてはならないことは山積していた。
 一つひとつ、話し合って決めていく。それは実に面倒で、しかし楽しい作業だった。一つの課題を片づけるたび、二人の新生活へ一歩、近づいていくのだという実感があった。
「そろそろ引っ越しの準備も始めなきゃいけないよね」
 彼女の言うとおりだった。いま住んでいる町は、地価が高すぎて二人で暮らすのは困難だった。しかし、郊外の閑静な住宅街に運よく安価な分譲マンションが見つかり、そこを新生活の出発点とすることに決めた。
 私も彼女も数年間は一人暮らしをしていたので、生活に必要な家電製品などは一通りそろっていた。あとは「一人用」ではなく、複数人で使うために必要な家具・家電を、少しずつ買いそろえていくばかりだった。
 あれこれと話し合いを終え、別れ際。私は彼女に、ふざけて言った。
「もう少しすれば、『たまには一人になりたい』って思うようになるのかな?」
 彼女は軽く首をかしげて、
「あはは、そうかもね。住み慣れたこの町も、ヒロ君と結婚して離れてしまったら、そのうち『懐かしい』って思うようになるんだろうなぁ」
と答えた。
「じゃ、また今度の週末ね。世間は連休だけど、ヒロ君はお仕事、頑張ってね。あんまりお酒ばっかり飲んでちゃダメだよ。もう、自分だけの生活じゃないんだから――
 軽く背伸びし、キスをしてくる。私は彼女の柔らかい体を抱きしめ、それに応えた

 連休明け、一本の電話が掛かってきた。
「――事故?」
 電話口の向こうで、感情を押し殺した口調で話しているのは、「義父」――何度も顔を合わせ、私の店にも来てもらって、すっかり「家族」になりつつあった人だった
 最低限の荷物を持って、彼女の実家に駆けつける。そこで目にした、変わり果てた姿の彼女。
 連休を利用して里帰りし、実家の荷物をまとめていた彼女。軽自動車に荷物を積み、帰宅する途中、居眠り運転の大型トラックに追突されたのだという。
 驚きが大きすぎて、涙さえ出なかった。
 彼女の家族とともに葬儀を手伝い、夢中の数日間を過ごした。
 葬儀を終え、自宅に帰った。夕飯を作ろうと冷蔵庫を開けたとき、ウィスキーの空き瓶と「蜂蜜酒」という見覚えのある文字が目に入った。
「あんまりお酒ばっかり飲んでちゃダメだよ。もう、自分だけの生活じゃないんだから――」
 聞き慣れた声が脳裏によみがえった。しかし、もうその声を聞くことはできない。
 ボトルを握りしめ、私は初めて号泣した。

 二人で住むはずだった分譲マンションに荷物を運びこみ、私はため息をついた。
 一人で住むには、そこはあまりにも広すぎた。しかし、すでに契約を済ませていたため、入居するよりほかなかったのだ。もちろん、違約金を支払って解約することもできた。しかしそれは、彼女との思い出まで「解約」してしまうような気がしたのだ
 一人きりの新生活。甘くない蜜月の始まりだった。

 あれから7年。長いような、短いような歳月が過ぎた。
 ソファに体を沈め、グラスを傾ける。飲んでいるのは、自作したミードだった。彼女を亡くしてから、私はミード作りを始めた。それが、彼女と自分をつなぐ絆のように感じていたのだ。
 テーブルの写真立てには、彼女の写真が飾ってある。7年前からずっと変わらない笑顔を見つめ、空になったグラスを置いた。
 甘くない蜜月は、まだ終わらない。一生、終わることはないのだろう。


本作は2011年2月14日、某コミュニティサイト内で公開したものです。

「開店おめでとう!」
 大きな花束を持って、彼女が店を訪れた。
 外はまだ、日が沈んだばかり。
 ビルの谷間から見上げる空は、まだ夕暮れの余韻を残して、明るく輝いていた。
「早いね。というか、本当に『開店第一号』の客になってくれたんだね」
 真新しいバーテンダーベストを身に着けた私は、カウンターの奥から彼女を迎えた
「そりゃね。ヒロ君がようやく、自分の店を持ったんだもん。『最初のお客さんは私』って、ずっと約束してたんだしね」
 彼女の白いワンピースは、間接照明の控えめな明るさの下でもまぶしく輝き、一層、愛らしさを際立たせていた。
「じゃ、何をおつくりしましょう?」
「記念すべき、初めての乾杯はもちろん、このお店にふさわしい、あのカクテルを。ね?」
「かしこまりました」
 私は、長年愛用しているシェーカーを手に取った。

 長い道のりだった。
「Blue Moon」でバーテンダーとしての修行を積みながら、BARとして使えるテナントを探し、銀行と資金の交渉を続けた。師匠から馴染みの酒問屋や輸入業者を紹介してもらい、自分でも海外の蒸留所や醸造所を渡り歩いて、取り引きの契約を結んだ。
 ようやく開店の目処が立てば、今度は地道な営業活動の日々。近隣の住宅街で毎日、チラシのポスティングを続けた。
 たった一人で始める店。だから、すべて一人で進めなくてはならない。文字通り、寝る暇もないほどの忙しさだった。乗り切れたのは、彼女がいてくれたからだ。
 彼女への愛と、感謝を込めて、シェーカーを振る。
「お待たせしました。カクテル『ムーンライト』です」
「ありがとう。……この店とあなたの未来に、乾杯」
 月の光のように、訪れた人の心をそっと開くひと時の魔法。グラスに乗せて、あなたの心に届けたい。
 そんな思いを込めて、BAR「Moonlight」本日開店――。

 開店当日ということもあり、店は大にぎわいだった。
「Blue Moon」時代からの顔なじみや、バーテンダー仲間たち。サービスクーポンつきのチラシを持った人たち。
 閉店までの数時間は、文字通り休む間もなく動き続けた。こんなに忙しかったのは、いつだったか、大手ホテルで行われた数百人規模のパーティに、ヘルプスタッフとして入ったとき以来だったかもしれない。
 すべての人に、十分満足してもらうことができただろうか。
 今日のお客さんのうち、何人がリピーターとして再び来店してくれるだろうか。

 閉店の時間が来た。
 電光看板のスイッチを切り、店の外に出て、ドアに掛けてある「営業中」の札をひっくり返し、煙草に火をつける。疲れた体に、ひんやりとした夜風が心地よかった。見上げた西の空に、明るすぎるほどの月が輝いている。ふと東の空に目をやると、月虹がかかっていた。
「珍しいな。こっちでも月の虹が見られるなんて」
 酒の買い付け交渉のために訪れたハワイのマウイ島で、現地ガイドから聞いた話を思い出した。
 マウイでは「月の虹が空にかかると、先祖がその虹の橋を渡って祝福にやってくる」という伝説がある。月の虹は幸運のしるしなのだ、と。
 月の光は太陽光ほどの強さがない。そのため、虹も色彩が淡く、ほとんど真っ白にしか見えない。しかし、そんな淡くはかない虹が、自分を祝福してくれているように思えた。
「お疲れさま。お客さん、たくさん来てくれたね」
 後ろから声がかかった。彼女だった。あまりに店が混んできたので、近くのファストフード店で時間をつぶしてくれていたのだ。
「ありがとう。待たせて悪かったね。レジの精算をやらなきゃいけないから、中に入ってて」
 そう。まだ、仕事が終わったわけではない。

 精算を終え、現金を金庫にしまう。あとは電気を消して、鍵をかけるだけだ。
「この中に鍵が入ってるから、出しといてくれる?」
 そう言って、私は彼女に手提げ金庫を渡した。彼女は何の疑いもなく、金庫のふたを開ける。中に入っているのは鍵ではなく、小箱――ちょうど、指輪を入れるような――が一つ。
「え? これって……」
「いいよ、開けて」
 薄暗い照明の下でも、キラリと輝くピンクのダイヤモンド。彼女の好きな薔薇と同じ色だ。細い彼女の指に、よく映えるだろう。
「この店を開けたのは、君がいてくれたからだ。まだ店が軌道に乗るか分からないし、大変なことも多いと思うけれど、どうかこれからも、ずっと一緒にいてほしい」

 自分の店、そして生涯の伴侶。
 同じ日に二つも大切なものを得た私は、きっと、世界で一番幸せな人間だろう。

 月の光に、愛を乗せて――
 乾杯。


本作は某コミュニティサイト内で投稿されたお題をもとに執筆したものです。

本作のお題は「白いワンピース、虹、指輪」でした。

 彼女と出会ったのは、いつだろう。
 確かあれは、まだ私が師匠の店で修行していたころ。徹夜の仕事を終え、朝のアーケード街をくぐり抜けながら帰路をたどっていた私は、ふと一軒の店先で足をとめた
「……こんなところに、花屋ができたんだ」
 少し前まで、ずっと閉じたままだったテナントに新しい店がオープンしていた。
 店員は若い女性一人。客の注文に応じ、花束を手際よく作っていく彼女の姿に、私はすっかり見とれていた。
「いらっしゃいませー♪」
「……あの、すみません。母の日に花を贈りたいんですが……」
 店の前で立ち尽くしていた私を、客だと思ったのだろう。彼女の声に、とっさに私はそう言っていた。
 母の日にプレゼントなど、渡したことがない。それどころか、地元まで電車を乗り継いで5時間はかかるため、就職してからはまともに里帰りしたことすらなかった。しかし、彼女との接点を持てるなら、この際理由はなんでも良かった。
 彼女は「じゃ、カーネーションですね。何本ぐらいご入用ですか?」と、にっこり笑った。
「ええと、2千円の予算だと、どれぐらいになりますか?」
「カーネーションだけでしたら15本ぐらいお包みできますよ。カスミ草でアレンジするんでしたら、ちょっと本数が少なくなっちゃいますけど……」
 それが高いか安いかさえ、当時の私には分からなかった。
「じゃ、カーネーションだけでいいです。その代わり、せっかくだからいろんな色のカーネーションを入れてもらうことはできますか?」
 完全な思いつきで口にした私の言葉に、彼女は表情を曇らせた。
「えーと……、それはあまりお勧めできませんよ」
 彼女が言うには、同じ花でも色が違えば花言葉が全く異なるものになる。カーネーションでも、ピンクは「母への愛情」だが、赤みが強くなれば「熱愛」「欲望」といった意味合いが出てくる。白は「尊敬」や「純愛」。黄色は「軽蔑」。私にとってはどれも初耳の話で、驚くことばかりだった。
 定番のピンクカーネーションに、彼女が好きだというカスミ草を数本、サービスで追加してもらった。母の日に合わせて実家へ花束を届けてもらうことにする。送料と合わせて約3千円の出費は少々痛い出費だったが、彼女と話ができたうえ、母親にプレゼントを渡すこともできるのだから、十分、値打ちのある支出だった。

 その後、私はちょくちょく彼女の店へ足を運んだ。花言葉を教えてもらいながら、店に飾る花を選ぶ朝のひと時は、私にとってかけがえのない楽しみだった。
 ある日、彼女が尋ねてきた。
「いつも早い時間に来られますけど、何の仕事をされてるんですか?」
「ああ、実は、あるBARで働いてるんですよ。BARは夕方から明け方までの営業がほとんどだから、仕事が終わって、これから帰って寝るんです」
「へえ、じゃあ、バーテンダーなんですね。なんだかカッコいいです」
「まだまだ修行中だから、そんなカッコいい仕事はできないですよ」
「そんなことないですよ。お店はどちらにあるんですか? 今度行ってみたいです!
「○○町ビルの地下テナントに入ってる、『Blue Moon』って店です。……って、なんだか、営業に来たみたいになっちゃったなあ」
「いいじゃないですか。『Blue Moon』ですね。今度、お店が終わったら行きますから」
 そのときの彼女の笑顔に、私はすっかり心を奪われてしまった。

 彼女が店にやってきたのは、それから数日後のことだった。
 修行中の身ではカクテルも作らせてもらえない。水割りやハイボールを作り、料理を出し、酔客の相手をする。その合間を縫って、酒に関する彼女の質問に答え、彼女からは花言葉のレクチャーを受けた。
 その日の閉店は、やけに早かったように思う。それだけ彼女の来店が嬉しかったのだろう。アルコールのせいで桜色に染まった彼女の顔は、とてもきれいだった。

 私が仕事を終え、帰路に着く。彼女が店に出勤する。そのタイミングを合わせ、二人で食事を共にするようになるまで、さして時間はかからなかった。
 その日も、私たちは行きつけの喫茶店で軽食を取っていた。
「……実は、一つお願いがあるんだけど」
 ハムと卵のサンドイッチを食べ終わった私は、静かな決意を込めて言った。
「どうしたんですか? 急に、あらたまって」
「私のために、花を一つ選んでほしいんだ」
「いいですよ。で、何の花がほしいんですか?」
「チューリップを。色は、お任せするよ」
 彼女がハッと息をのんだ。
「……ズルいですよ」
「ダメ、かな?」
「ダメじゃないけど……。普通、そういうのは男性がリードするものじゃないですか?」
「あなたの選んでくれたチューリップがほしいんだ」
「意気地なし」
「……そう、卑怯なやり方だろうね」
「高くなりますよ?」。そう言った彼女の顔が、妙にいたずらっぽいものに変わった
「幾らぐらいになるのかな?」
「花の値段と……、サービス料として『返事』がほしいですね。ただの返事じゃ面白くないから、今度、お店に行ったとき、カクテルを出してもらえますか?」
「まだ修行中なんで、カクテルは作らせてもらえないんですよ」
「じゃ、お店じゃなくて、ヒロさんの家でもいいですよ。私のためだけに作ってくださいね」

 彼女から届いたのは、真っ赤なチューリップ。
 花言葉は「愛の告白」だった。

 その日、私はいつにも増して上機嫌で開店準備を進めていた。
 しばらく前から相談を受けていた10年来の親友が、いよいよ今夜、大きな人生の節目を迎えるのだ。
 BARという非日常空間だからこそ、その「特別な夜」の演出を手伝うことができる。バーマンにとって、これほどうれしいことはなかった。
 さあ、そろそろ開店の時間だ――。

「カズピーにしては、素敵な店ね」
「マスターの前でそういうこと言うのは失礼だぞ、リョウコ」
 来店したのは、小ざっぱりとした服装の若いカップルだった。男の名はカズヤ。私より10歳以上若いが、腹を割って話せる友人の一人だった。
 カズヤは数年前、大病を患って入院した。当時は私も、本気で喪服の準備を考えたほどだった。しかし、高校時代から付き合っているという彼女が献身的な看護を続けた結果、奇跡的な回復を遂げた。その彼女こそ、今回同伴したリョウコだった。
「いらっしゃいませ、お待ちしておりました」
 友人とはいえ、このカウンター越しに相対するときは、店主と客だ。丁重に迎え、カウンター中央の席を勧める。
 小柄な体をちょこんとスツールに乗せたリョウコは、珍しそうにカウンターの周囲や、バックバーに並ぶボトルを見回す。その横で、カズヤはゆったりとカウンターに両手をつき、わずかに緊張した笑みを浮かべていた。
「うーん、なに頼もうかなぁ。こんなお店で飲むのは初めてだから……」
 おしぼりを使いながら、せわしなく店内を見回すリョウコ。本来であれば、メニューを差し出すところだったが、今日だけはそういうわけにいかなかった。
「申し訳ありませんが、今夜はカズヤさんから既にご注文を頂いておりますので……、私にお任せいただけますか?」
「えっ、そうなの? じゃあ、お任せします。カズピー、それなら先に言っといてくれたらよかったのにー」
「まあまあ、今日はちょっと特別だから。それに、リョウコの好みは全部分かってるんだから、安心しててよ」
「そうね。あ、そうそう、カズピー、こないださ……」
 リョウコがカズヤとおしゃべりを始めたのを見て、私はカクテル作りの準備に取りかかった。

 パッションフルーツのリキュール「パッソア」に、アマレット・ディ・サローノ、貴妃・ライチ・リキュール、そしてしぼりたてのパイナップル・ジュースを少々。丁寧にシェークしたら、マティーニ・グラスに注いでレモンピールで香りをつけ、バラの花びらとマラスキーノ・チェリーを飾って出来上がり。
 情熱的な愛情を表す、華やかな赤のカクテル。芳醇で、甘酸っぱい香りがさわやかなグラスを、二人の前に差し出す。
「お待たせいたしました。ごゆっくりどうぞ」

 リョウコは目の前に差し出されたカクテルをすぐに手に取り、唇を寄せた。
「さっぱりして、甘くておいしい。これ、なんて言うカクテルなんですか?」
 リョウコの質問に、私が答えるわけにはいかなかった。苦笑しながら、
「それは、カズヤさんに聞いてください」
と答える。
「じゃあカズピー、教えてよ」
 しかし、カズヤは緊張した表情で、押し黙ったままだった。もちろん、グラスには手をつけていない。
「どうしたの、カズピー? 飲まないの? おいしいよ?」
 不思議そうな顔をするリョウコ。カズヤはわずかに深呼吸すると、ポケットから手のひらに収まるぐらいの、小さな箱を取り出した。
「……これ。開けて」
 言葉数少なく、リョウコに包装された小箱を手渡す。
「……え。これって、まさか……」
 驚いた顔で、リョウコが包装を解く。中から出てきたのは、精巧な猛禽の――くちばしに、プラチナの指輪をくわえた――フィギュアだった。
 カズヤはもう一度、大きく息を吸い込んで言った。
「このカクテルの名前は『プロポーズ』。どんなことがあってもオレが守るから、一生、そばにいてほしい。結婚しよう、リョウコ」
「カズピー……あたしで、いいの?」
「リョウコ『が』いいんだよ」
「ありがとう……よろしく……お願いします」
 涙にくれるリョウコの隣で、ようやく緊張から解放されたのか、晴れ晴れとした顔で、カズヤはカクテルをゆっくりと飲み干した。
「うん、おいしい。この味は、一生忘れないだろうな」

 タカのフィギュアのプレゼントというのは、女性からすれば、あまりうれしいものではなかっただろう。
 しかし、ワシやタカなどの猛禽類は一夫一妻制で、伴侶を決めたら、文字通り死が二人を分かつまで、添い遂げる習性がある。
 だからこそ、カズヤは「一生、そばにいてほしい」という思いを、あえてそのフィギュアに託したのだ。

 この二人が将来、どのような道を歩んでいくのかは分からない。しかし、私は願わずにいられなかった。
 若い二人に、どうか幸多からんことを――。


【プロポーズ】
パッションフルーツリキュール 20ml
アマレット 15ml
ライチリキュール 5ml
パイナップルジュース 1tsp

シェークしてグラスに注いだら、レモンピールし、バラの花とマラスキーノ・チェリーを飾ります。

このカクテルは1996年に開かれた第20回「ホテルバーメンズ協会創作カクテルコンペティションズ」で優勝した、鈴木克昌氏(京王プラザホテル)の創作カクテルです。