短編輪廻小説「雪の日」 | 春風ヒロの短編小説劇場

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春風ヒロが執筆した短編小説を掲載しています。

 これは私がかつて、取材のために訪れた、あるお寺の住職に聞いた話です。
 その住職はもともと、サラリーマンとして働いていたのですが、30代半ばで突然仕事を辞め、通信教育で学位を取得し、本山で修業をして僧侶になりました。その後、ある山村の無人寺に住み込み、寺院復興と村おこしに取り組むようになったのです
 その経歴や取り組みが面白いということで、私が取材をさせてもらいました。

 一通りのインタビューが終わり、お茶を飲みながら雑談をしていたとき、ふと、住職が聞いてこられたのです。
「記者さんは、不思議な体験をされたことがありますか?」
「不思議な体験……というと?」
「どう言ったらいいのか、私にもちょっと分かりかねますが……、まぁ、せっかくだから、ついでに聞いてやってください」
 これからここに書くのは、そのとき、住職が話してくれたものです。「非常に面白い話なので、どこかで公開させてもらいたい」とお願いをしたところ、「宗派や寺の名前、村の場所など、具体的な情報を伏せるなら」ということで、許可を頂きました

【住職の談話】その1
 私は大学時代、写真撮影が趣味で、週末になると車であちこちに出かけていたものです。
 ちょうど今くらいの時期、冬の海を撮影に行きました。山を越えて、片道1時間半の道のりでした。もちろん、冬の山の天候が変わりやすいことは知っておりましたし、いざというときのためにタイヤチェーンも積んでおりました。しかし、出発する時には穏やかな晴天だったので、安心していたのです。
 ところが海からの帰り道、山の中で突然、ものすごい吹雪に見舞われたのです。そりゃもう、目の前も見えなくなるほどの吹雪で、通り慣れた道とはいえ、無理に運転すれば命が危ない。どこかで車を止めて、チェーンを装着しようと思っていた矢先、カーブを曲がり損ね、車が雪だまりに突っ込んで立ち往生してしまったのです。
 ただでさえ車の往来が少ない道、しかも吹雪の山の中です。JAFに電話をしたくても、当時はポケベルしか持ってなかったし、このままでは本当に遭難してしまうのではないかと思いました。
 ところがその矢先、一人のお坊さんが通りかかったのです。吹雪の山中にも関わらず、僧衣と袈裟をまとっただけの軽装でした。ひょいっとこちらを見て、
「袖摺り合うも多生の縁、情けは人のためならずと言います。お手伝いしましょう」
と言って車を押し、チェーン装着まで手伝ってくれたのです。チェーン装着を終えてお礼を言おうとしたときには、そのお坊さんの姿はどこにもありませんでした。
 後日、お礼のためにお寺を探したのですが、あの山道の近くには、どこにも寺なんてないのです。近くの住人に話を聞いても、「そんな寺はない」と言われるばかりでした。
 あのときのお坊さんが一体何者だったのか、未だに分からないんですよ。

 ――と、これだけなら、よくある心霊体験談の一種として片づけられたと思います。私自身も、某大型掲示板の「心霊ちょっとイイ話」スレッドに出てきそうな話だと思いながら、聞いていました。
 ところが、住職の話には続きがありました。

【住職の談話】その2
 実はつい最近、近所の家の法事に出かけた時のことです。
 法事を済ませて寺へ帰る途中、雪が降りだしたのです。冬でも比較的温暖なこの地域で、そんな急に天気が変わるとは思っていなかったので、僧衣に袈裟だけの軽装で出かけていたので、寒いことと言ったらもう、骨身にしみるようなものでした。
 しかし、こんなに天気が急変したのなら、村の人たちがどこかで困っているかもしれない。そう思った私は、近所を一通り見回ってから帰ることにしたのです。
 村を回っていると、雪道で車が立ち往生しているところに出くわしました。運転していたのは、大学生くらいの男の子です。雪にタイヤを取られて、カーブを曲がり損ねたと言うんですね。
 困ったときはお互い様。私は車を押し、チェーン装着を手伝ってやりました。寒かったので、その車が無事に動くのを見届けたら、私はすぐに寺に戻りました。
 この辺りで大雪になること自体は滅多にありませんが、「雪道で立ち往生した車をたすける」なんていうのは、大して珍しくないでしょう。
 しかしね、記者さん。その立ち往生していた車は、大学時代に私が乗っていた車と同じ車種で、男の子が着ていたダウンジャケットは、当時の私が愛用していた物とそっくりだったんですよ。
 非科学的な話ですが、もしかしたら……なんてことを考えてしまうのも、無理はないと思いませんか?
 あのとき、もしかしたら私は、輪廻の一端を垣間見てしまったのかもしれません。この世界のことを「浮世」とか「此岸」なんて言いますけれども、「いま」と「昔」も紙一重でつながっているのかもしれませんな……。


※本作品はフィクションです。実在の個人、団体や事件などには一切関係がありませんのでご注意ください。

本作品は某コミュニティサイト内で投稿されたお題に基づいて執筆しています。今回のお題は「大学生、雪道で車が立ち往生、お坊さん」でした。