短編男女小説「肉食系……?」 | 春風ヒロの短編小説劇場

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春風ヒロが執筆した短編小説を掲載しています。

「この4人で集まるの、久しぶりだよねー」
 はしゃいだ声を上げるマリに、
「そうそう、学生時代はいつもみんなで遊んでたけど、就職しちゃうとどうしても都合が合わないからね」
と答えるリコ。
「今日は飲むわよー。ほら、ミカも早く来なきゃ!」
と私の手を引きながら、早くもクダを巻きそうな大酒飲みのコトミ。
「うわっ、引っ張らないでよっ」
 私はバランスを崩しそうになりながら、3人の親友たちの後を足早に追いかけた。

 私たちは高校時代から、ずっと一緒に行動してきた。修学旅行も、課題の発表も、学外実習も、常に4人一緒だった。
 そんな仲良し4人組も、みんなが同じ会社に就職するというわけにはいかず、卒業後の進路はバラバラになった。就職した業界は全員、飲食接客業――いわゆる水商売――だったのだが。
 そんなわけで、メンバーの誰かと食事をしたり、遊びに行ったりすることはあったが、メンバー全員が集まって遊ぶことはめったになくなった。
 そんななかで、
「久しぶりにみんなで集まろうよ! 女子会やろ、女子会!」
と声を上げたのが、グループのまとめ役コトミだった。旅行代理店で勤める客から「女子会をやるなら、ぜひうちのプランを利用して!」と勧められたらしい。
 そのプランは確かにお得な内容だった。ネットの口コミサイトでも人気の高い高級ホテルに泊まれるうえ、夕食は地元の新鮮な魚介類をふんだんに使った会席料理。しかも風呂は美人の湯として名高い天然温泉で、ホテルの外にある混浴露天風呂も利用できる。それで4人1部屋の宿泊料金が合計で3万円を切るのだから、驚きの安さだろう。唯一の難点は、お酒を含めたドリンク類がすべて、別料金となっていることぐらいだった。
「なあに、お酒なんてわざわざホテルで飲まなくても、近くの酒屋で地酒買えばいいんだから。それよりも美人の湯でオンナに磨きをかけるわよぉ!」
 そう息巻くコトミに、ほかの3人もすっかり乗り気となり、スケジュールを調整して一泊旅行に繰り出すことになったのだ。

 ホテルの食事は、まったく申し分ないものだった。刺身だけでなく、焼き物や煮物、揚げ物も、工夫が凝らされていて、見て楽しみ、食べて楽しむことができた。
 すっかり満腹した私たちは、夜の楽しみ、お酒の買い出しに出かけることにした。
「ついでに外の混浴露天風呂にも行っちゃおうよ!」
 そんなコトミの提案で、浴衣に手ぬぐいをぶら下げた私たちは、夜の散歩に繰り出した。
 温泉街はまだ、多くの観光客でにぎわっていた。ほとんどの人が浴衣姿だ。商店街には、土産物や銘菓を扱う店に交じって、昔懐かしいスマートボールや射的の店も軒を並べている。私は店をのぞき込み、風呂上がりにまだ営業していれば、遊んで行こうと心に決めた。
 子供のころ、あのズッシリと重いくせに、全然威力のない空気銃を構えるだけで、なんだか胸がときめいたものだ。
 そんな懐かしい思い出に浸るうち、目当ての店に到着した。
 コトミは早くも、
「おじさん、ここにお酒置いていくから、まとめてお会計お願いね」
と断ったうえで、
「ビールは一人3本ずつくらいでいいよね。あとは日本酒を2升と焼酎1本……。さっき、美味しい魚をたっぷり食べたし、ツマミは乾きものがあれば十分かな?」
と言いながら、酒を棚からヒョイヒョイ取り出し、レジカウンターに並べている。
 マリとリコは、寝転がってくつろぐクマのオマケつきチョコを手に、キャイキャイとはしゃいでいる。
「お姉ちゃんたち、ずいぶん買うねぇ……。全部持てるかい? なんなら、ホテルに届けてあげようか?」
 レジカウンターの上にズラリと並んだ酒を見て、店主のおじさんがあきれたように言う。
「アハハ、大丈夫ですよぉ。私たち、みんなわりと力持ちですから」
 私たちはそう言って、ぎっしりと酒の入ったビニール袋を手に取り、店を後にしたのだった。

 夜風を浴び、酒のビンをガチャガチャ言わせながら歩くうち、目指す露天風呂に到着した。
「いい男、いるかな?」
「どうしよー、かわいいイケメンがいて、『素敵なお姉さんたち、良かったらボクと一緒に飲みませんか?』なんて誘ってきたら」
「きゃー、そんなこと言われちゃったらアタシ、ガマンできなくて襲っちゃうかもンフフフフ」
「ちょっとコトミ、オッサンの顔になってるわよっ」
「いいじゃない、アタシってどっちかというと肉食系だし」
「……どうせオッサンとか、おじいちゃんとか、おばちゃんしかいないんだから、あんまり期待するんじゃないわよ」
 浴衣を脱ごうとしたとき、ふとしたはずみで、浴衣の襟元が私のあごに引っかかり、「ザリザリッ」と音を立てた。
「あー、適当な剃り方したらダメね。やっぱりヒゲ引っかかっちゃった」
 あごを撫でると、指先に剃り残したヒゲがブツブツと引っかかるのが感じられた。
「アンタまだ永久脱毛してないの? レーザー処理しちゃうほうが、毎日何度もヒゲ剃るよりもずっと楽よ?」
 コトミの言葉に、マリとリコがうんうんとうなずく。二人とも、数年前に専門のクリニックで全身永久脱毛を受けたおかげで、腕も足もツルツルだ。
「やっぱり? なーんかレーザー脱毛って、シミができるとか火傷みたいな跡が残るとか聞くと、ちょっと怖くってねー」
 そんなことを話していると、コトミが
「あらやだ!」
と、素っ頓狂な声を上げた。
「女子会ツアーのチラシ、ポーチに入れたままだったわ。いいや、捨てとこっ」
 ポーチから引っ張り出したチラシを、コトミは近くのゴミ箱に投げ捨てた。
 注意深い人が、そのチラシをよく読めば、
「期間限定、温泉女子会ツアー!」
 そんなキャッチコピーの、派手なデザインのチラシの隅に、小さくこう書いてあるのが読み取れただろう。
「※本ツアーは原則として女性の方を対象としたものですが、女性の服装をしていらっしゃれば、男性でもご利用いただけます」
 このツアーで、飲み物が別料金となっていたのは、私たちみたいな客が酒をがぶ飲みして、採算を取れなくなるのを防ぐためなのだ、きっと。

本作は某コミュニティサイト内で投稿されたお題をもとに執筆したものです。
本作のお題は「女子会、夜の散歩、温泉」でした。