●暖ぼ~る誕生秘話 その4
暖ぼ~る開発への挑戦2
最初の構想がまとまるや、私たちは、先行技術を調べ、
すでに世界のどこかで「特許」が出ていないか調査した。
国内外の特許や文献を可能な限り調べたが、まったく
同じ考えを「権利化」したものはなかった。
「清水さん、まずこれを作ってみました。」
技術開発の責任者「杉山」が最初に見せてくれたのは、
一見すると、まるで「蛸(たこ)」のような装置だった。
指先の爪の付け根にある「神経の反応点」に「近赤外
線」を、指に密着させて照射する基本的な実験器だっ
た。
TESTデータが必要だった。・・・有志を募った。
最初の実験データは、そんな有志の奉仕から収集され
た。
指にその「蛸足」装置をはめると、まるで、指先の嘘発
見器のようだった。
被験者には、装置のOFF段階での「体温」を測っても
らい、
やがて実験後「一定時間毎」後の「体温」を測ってもら
う。
この作業を繰り返した。
こうして、この実験から、「指先への近赤外線照射」は、
長い時間照射したからといって、必ずしも神経の反応に
有効ではないことがわかってきた。
2004年の秋。基礎実験がほぼ終り、いよいよ、
次の段階・・・実際にミリアムへ手渡せる装置の開発の
段階へと移っていった。
私は、この実験の成果に大いに満足しており、いよいよ
次の段階へ進めることに上気していた。
この時、まだ私たちは、その先に待ち受ける大きな壁を
まったく知るはずもなかったのだ。
(続く)
●オリジナルURL
http://www.ekbo.co.jp/sub02_02_05_03.html
(仁/HUC)
●暖ぼ~る誕生秘話 その3
暖ぼ~る開発への挑戦1
2004年4月、ミリアムからの脚が動いたという「メー
ル」から2ヶ月後、私たちは動いた。
進国ドイツに住む彼女は、考えられるほとんどの西洋医
学的手法で治療をしていた。
そのため彼女は、薬物や理学療法への大きな不信感
があった。
それら全ての治療は彼女へ多大な苦痛と徒労感を、た
だ味あわせただけだったからだ。
ホメオパシーも寄生虫を飲むような治療さえも試したと
いう。
しかし残念ながら彼女には効果がなかったようだ。
私は、彼女からもらった手紙の中に「大きなヒント」を感
じていた。
そこには、彼女が現在の病気になるまでの人生が克明
にかかれていた。
プライバシー保護のためにあえて中身は書かないが、
若干27歳の若い女性にとって とても…
過酷な人生だった事だけは言えると思う。
私は「杉山」に話した。・・・
「指先の神経を、弱い光で刺激して、全身へ反応を起こ
すことはできないかな・・・」。
彼はしばらく黙っていた。そして顔を上げた彼は言った。
「やってみますか」・・・こうして二人の共同作業が始まっ
た。
前人未踏の道であることだけは、わかっていた。
しかし、待っている人がいる。私達は迷わなかった。
なぜか「その機械」が、絶対にできるという・・・根拠のな
い自信があったのだ。
(続く)
●オリジナルURL
http://www.ekbo.co.jp/sub02_02_05_03.html
(仁/HUC)




