イロドリハニー.* 長野県上田市の蜂蜜屋さん -5ページ目

イロドリハニー.* 長野県上田市の蜂蜜屋さん

蜂蜜療法協会
蜂蜜療法家 こいけあや

有限会社ルカプリス正規代理店
安心安全な蜂蜜を販売しています。


立春( ¨̮ )



厄祓いでも行こうと思ったものの

ぜーんぜん行く気が起こらなくて

新しい財布を見に行って

牛革のフカフカ感に超絶驚いたものの

内側の布が全然好みじゃなくて帰ってきました。



(どない〜〜〜〜〜???)



今朝のお日様。太陽。


昨日となんか違う!


と思いました。

元旦の時も思った♡



昨日と今日は地続きなはずで

なのにこんなにも違う!空気が違う!



気のせいかな?


とも疑わず。


わたしが思ったならそうなんだ!!!


とも開き直らず。




あ、空気違いますわニコニコ


以上



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最近綾子さんがよく

マルバツつけたくなる自我について話してくれます。



なんとなく思うのは



マルバツのある世界

マルバツのない世界



文字にすると

二つの世界が存在してるように感じるけど



どこから空で

どこから地上なのかわかんないように



どこからがこの世界!

とかそういうもんではないと感じるのです。



なんか今日の太陽は

そんな感じだったのです。


(どない〜〜〜???二度目)


バツになっちゃったら

死んじゃう気持ちもよくわかるし。


そんなのないのもよくわかる。



日々、まっさらな自分なのですよ。




かわゆいオールドレムリアン♡



あけましておめでとうございますグラサンハート

 

今年もよろしくお願いします。

 

 

結局のところ、

 

未来を人質にとる感覚が

 

苦しいと思いませんか。

 

 

 

今の選択が、

 

いつかの未来のわたしを創る。

 

 

という感覚です。

 

 

今わたしが我慢すれば、

 

娘が楽できるかもしれないとか。

 

 

今わたしが楽をとれば

 

娘が苦しむかもしれないとか。

 

 

 

ここでいう選択とは行動のことです。

 

Aを選ぶかBを選ぶか。

 

 

これによって未来が別れるなんて

 

苦しくて仕方なくないですか。

 

 

思考は現実化するとか、

 

いい気分でいましょう♡

 

みたいな概念を知ったばかりの数年前のわたしは

 

今の選択が未来を変えることを嬉しく思ったような気もしますが。

 

 

一周回って苦しく思うようになりました。笑

 

 

その理由っていうのが、

 

上記のようなものなんじゃないのかなって思うのです。

 

 

だって何も選べなくないですか。

 

何がどう繋がっていくかなんて

 

今のわたしにわかるはずがないのに。

 

 

よりよい方

 

なんて、わかるはずがないのに。

 

 

そういうの、今年はごっそりやめていきたいなと思っています♡

わたしは結構、


過去に対して強い後悔を抱いている方です。


あんなことやこんなこと。


割と最近のことだと、7年前の事。
最近…?笑


ちょうど初めての妊娠がうまくいかなかった頃のことです。

願うことすら出来なかったあの頃

初めての妊娠の時、ちょうど安定期に入ってお腹も大きくなり始めた頃。


祖母が亡くなりました。

なので葬式では近所の人や親戚がわたしの妊娠を祝ってくれました。

そしてその後に妊娠を中断する選択をしたので


祖母の四十九日にどうしても出ることができなかったのです。


新盆や一周忌の集まりですら出席することができませんでした。



わたしの妊娠を知っている人達に会いたくなかった。


普通に接してもらうことも、気にかけてもらうことも嫌だった。



そして何より

そんな自分が嫌だった。

これに尽きるのです。


人からの目線を気にすることがなければ


寄り添ってくれる人の気持ちを


ありがたく受け入れることができたなら


早く立ち直ることができたなら


わたしがこういう人間じゃなければ!!!


こういう人間じゃなくなるためにどうするか

または

こういう人間でもしょうがないという正当化をするためにどうするか


そんなことに少なくとも5年は費やしてきました。


どちらも違和感でしかないのですけどね。


でもこの違和感がここ1年間くらいでほどけてきました。



今現在のわたしが思うこと。



おばあちゃん、


出席できなくてごめんね。

親戚の皆さん、


気にかけてくれてありがとね。

そしてわたし、


よくがんばったね。


ということです。フラットに。

そこには自分責めも正当化も存在しません。


ただそう思っています。


ただわたし、


何故自分がこうなったかの説明が苦手なのですよ…笑


くるん!と世界が変わったわけではないのです。


いつの間にか木の芽が芽吹くように


いつの間にか葉の色が変わるように


そんな変化タイプなのです。


でも言葉にしてみよう。


続きます。

image
 


昨日の夜、嫌なことがありました。

昨日は素敵な一日だったのに

嫌なことのせいで気分が台無しになりました。


わたし何かしたかな?

誤解させたかな?

他にも嫌な思いしてる人がいるかも…


もう、気分が、

台無し!!!!


という思考をしたんですけどね。


わたしこの一件で確信したことがあって。


何よりもこの胸が痛むのは

自分自身の声です。


これ間違いない。


嫌なことよりも何よりも


わたし何かした?

誤解された?

他にもわたしを嫌ってる人がいる?


という自分の声。


これは本当に自分にダメージを負わせます。



でも女性ってそういう性質。

内に向いてしまう。

自分が悪いのか?と思ってしまう。


これはもう仕方の無いこと。


それを『知っている』ということ。


それが何よりのお守りだと思うのですピンク薔薇


昨日は割と早々と


ん???

わたし思考が飛んじゃってるな?


と気付けたので、一旦静観しています。

(でも普通に胸がモヤモヤする)
(それは許す)


今年一年人間の内面やその発露についてモヤモヤモヤモヤしていたのですが、その総まとめの段階にきているな〜と感じています。



『引き寄せ』という劇薬についての話。


わたしはもう高校の頃から
心のことについてずっと興味がありました。



そして、
自分を愛するということを知り
その後思考は現実化するということを知ったわけですが。



わたしの人生史において
『思考は現実化する』という概念は
どちらかと言えば毒として作用しました。




この苦しい現実は
わたしが作ったのか?


わたしの何が
この現実を作ったのか?


どうしてわたしの思考は
こんな苦しい現実を作るのか?


わたしの思考のせいで
こんな現実を作ってしまったのか?


そんなことばかり考えていました。



そうです、
自分責めの材料が一つ増えました。

それは時として
こんな現実を作れた凄いわたし♡
という風にも作用するのですが。




そもそも


『思考は現実化する』の


現実


を、どう定義するかだと思うのです。



わたしは「現実」とは
色眼鏡そのものだと思ってます。


どう見るか、ということです。




上記の例で言うのであれば


目の前で起きている事象に
苦しいという名前を付けること


が、『現実』を表しています。



だとすれば確かに
思考は現実化しているのです。








わたしの思考のせいで
事象が変化する


と思考しているのであれば
事象をそう認識する、ということです。




そしてこの記事の終わりに、
わたしはそれを否定しておきます。


そんなわけない!!!