服装について考える。 | 堕落と自由と哲学者

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何かしらの確認用です。

人間は服を着る。国や文化は違えど、多種多様な服がある。羞恥心から始まったとされる服は、今誰の何を隠す為に存在しているのだろうか。

今日、昼間に時間空いたんで久々に服を買いに行こうかと思ってるわけですが、どうせだったらと服に関する記事を読み漁ってました。

いわゆる今時コーデがアップされてるスナップ記事から、シャツの歴史に関する記事、これさえ着ればモテモテ的な記事、服から紐解く心理学みたいな記事。

最早服ってのは裸を隠す為だけにあるわけではないって事がよくわかりました。

『服を着る。』って事は、セルフプロデュースするってことですよね。
一番簡単で、一番重要な気がします。

人からどんな人物だと思われたいのかを、一番簡単に表現出来る方法なんだと思います。

『人からどう思われるとか気にして服選びしたくない。』
って人は、
『人からどう思われたって良い人。』
と思われたいってことです。

難しいですね。
なんだかんだ見た目は重要ですから、自分をどうプロデュースしていきたいのかっていう事を明確にするのが大事だと思います。




そう考えると、『服選び』ってすごく哲学に似てますよね。

『さーて、今日はどんなテーマについて考察しようか。』
という感覚で服選びしてみようかな♪