生死について考える。 | 堕落と自由と哲学者

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何かしらの確認用です。

皆、死ぬ為に生きている。


数年前に辿り着いた境地です。
まだ死んだ事ないんで、半分想像です。

経験談とか聞いてみたいですけど、死を経験した人に出会う機会なんてないですからね。

人が生きる意味を考えちゃったり、死を怖がったりしちゃうのは、
『生と死』
ってものが、曖昧だからだと思うわけです。

曖昧なのに確実にそこに存在する生死。

けど死ぬ為に生きようって思えば、具体的に死を想像出来る。
どんな風に死を迎えたいかと考えるということは、すなわち、どんな風に生きたいかと考えるということに直結するわけです。

まぁ、死ってやつが得体の知れないもんである以上、恐怖を感じるのは至極真っ当だとも思うけどね。
人本来の危機察知能力みたいなもんだもんね。

けどなんだろうなぁ。
漠然と、ちゃんと生きなきゃちゃんと死ねない気がする。
冒頭の一文に辿り着いた理由はこれかもね。

自問自答を繰り返しても、まだまだわからない事だらけだけど、わからない事があるから生きていける、とも言える。



死ぬ為に生きる。
知る為に生きる。
今をただ生きる。

人間ってのは本当つまらんことを考える生き物です。

人間で良かった。