ふゆみっこ~136cmの小人~ -18ページ目

ふゆみっこ~136cmの小人~

日常や詩を載せています

いくつもの偶然が重なって

あの日、ついに貴方と出会えた

初めは、気にも止めてなかった

だけど、貴方と話ているうちに、私は必然のように貴方に惹かれた

「ねえ、今ここで永遠の愛を誓いましょうよ」

やっと言えたこの言葉

貴方は驚いた顔をしていたね

笑ってしまう程に。

貴方となら、どこまででも行けるの

だから、最期の刻まで一緒にいてください。

「永遠の愛を誓います」

そして、未来へ飛び立つんだ

輝かしい未来へ向かいましょう

2人で。
10年間お世話になったアメーバピグとも、とうとうお別れの時期が来てしまいました
まぁ言うてもパソコン版では、ですけどね。
喧嘩や出会い、別れも沢山ありました
だけれど今になっては、全てが宝物です
私と関わってくださった全ての皆様に感謝申し上げます

私は引き続き、ピグパーティやニコッとタウンで暇を潰そうかと思います。
そこで出会えたら、またお話しましょうね!

それでは、アメーバピグで最後の方々へ。
お世話になりまくりました!
どうか、お元気で!!
たしかに、親の言うことは分かる。
なぜ、迷惑をかけてる人が出続けて、被害を受けてる私が身を引かなければいけないのか。
だけど、正義だけでは通らないのが、この腐りきった世の中なんだよな。
悪も人の見方によっては正義になる。
そんな世の中だ。
まぁ、あそこ行かなくても、別のところに行けるから、未練はありません。

生きるということ

それはとても辛く、怖く、苦しい

それでも

この世界に、希望を見出したいの

私の生きる理由を探しだすの

高い壁?障害?

そんなもの、私の人生と比べれば小さいものだわ

どんなに困難でも

どれだけ泣き叫んでも

乗り越えてみせる

乗り越えた先にある、人生の素晴らしさを知りたいの

今は小さく、弱々しい私でも

人生の素晴らしさを知った時、この世界も捨てたものじゃないと思えたらいい

胸を張って突き進むの

残酷さと素晴らしさが入り混じるこの世界を。
大丈夫

まだ大丈夫

私は1人じゃない

ちゃんと居場所もある

認めてくれる人もいる

頼ってくれる人もいる

あの頃の私じゃない

大丈夫、大丈夫。
日々を過ごしていく中で

何かがいつも足りない

長い間追い求めてきた事なのに、今まで気づかなかったこと

『貴方そのものの存在』

それが欲しかったんだ

貴方がいれば、私は満たされる

日々が、この空のように澄み渡っていくの

これからも、隣で歩きたいな

貴方の隣で、ずっと。
…と、まぁ。
難しい題名で書いてみましたが、内容はすっからかんです。
私が思っているだけですが、人には2つのパターンがあると思います
起きた物事に関して、プラスに捉えられるか、マイナスに捉えるか。
私は、どちらかといえば後者の方ですぐ落ち込む人です
よくいえば慎重
悪く言えば臆病
これは性格上でのことなのか、なにか過去にあってからの安全対策としての事なのかは、あえて濁そうと思います
人それぞれですので。
それでも「そのような場面に陥った時の創意工夫は出来るのではないか」と思うようになった今日この頃なのです
プラスに捉えられたところで、行動を起こさなきゃ意味が無い
マイナスに捉えたところで、その場から脱出する術を身につけるべき。

…まぁ何が言いたいのかと言いますと「行動や、ものの捉え方次第で未来が劇的に変わるかもしれないよ」という事です
なので、私もとてもゆっくりだと思いますが、プラス思考にこれから変われたらなと思います。
無理やり変わろうとすると反動がきついと思うので、時の流れに身をまかせようと思います。
ひたむきに信じていれば、必然と良き方向へ向かうと信じているので。

こんな人間的に凄く未熟な私ですが、暖かい目で見ていただけると嬉しいです

長文を閲覧していただき、ありがとうございました!
「何かあったら私たちが必ず助けるから!遠慮せず頼ってね」

そんな言葉を信じた私が馬鹿だった。

…現場を目撃しておいて逃げたよね?

結局は自分の面子や立場を守りたいだけでしょう?

自分に有益なことには首を突っ込んで、無益なことには知らんぷり。

「それは、俺の知ったことじゃない。お前らで解決しろ」

責任放棄したよね

守るべき側の人間のくせに。

子供って無力なんだよ?知らないでしょう?

平気で捨てるんだもんね。酷い話だわ。

知ってた?子供の頃の傷って一生残るんだよ?

たとえ貴方達が忘れたとしても、ずっと心に染み付いてるの

その代償も払えないのなら、近寄らないで

軽はずみな言動で、期待させないで

もう、貴方達を信用することも無いでしょう

心に負った傷は一生治る事は無い

一生抱えて生きるのだから。
まだ理解が足りない世の中への不満を、ダダ漏れにしようと思います

先日、車椅子でバスに乗って、セッティングを運転手さんに頼んだところ、後部座席に居た女性から「なにしてんの!早くバス出して!!ていうか、なんで障害者が公共の乗り物乗ってんの?!迷惑でしかないんだけど!!」という声が上がりました

バスの運転手さんは、その方に深々と謝っていました
私も泣きそうな顔をしながら謝りました
というか、泣いていました

「私が障害者じゃなければ、こんな事にはならなかった」という自責の念からです

実は、この時だけじゃないです。
五本の指じゃ足りないくらい同じ思いをしました

「私が障害者じゃなければ」
「私が健康な体だったら」

そんな思いを、これまで何度も目の当たりにして、生きてきました

バスに限っての事じゃありません
電車やエレベーター
エレベーターがなかった時の階段の昇り降り(多少なら歩けるので)

その度に泣きながら「障害者に生まれてごめんなさい、ごめんなさい」と自責の念や、懺悔の思いに押しつぶされてきました

それでも、自分から命を絶つ事はしたくなかったのです
恐怖心からと、今ここで命を絶ったところでどうにかなる問題じゃない、逃げたくないと思ったからです

だから「強くなろう」と決めたのです

それからも色々言われてきましたが、以前よりかは自責はしなくなりました
(多少は許してね?)

今を生きている障害者の方々にも、そんな思いをしている方が大勢いらっしゃると思います

その時は、近くにいる方にはためらわず手を差し出して頂きたいのです。
そして、責めないであげてください。
障害者になったのは、自分の意思じゃないのですから。
先天性であれ後天性であれ…です。

障害者と健常者が笑顔で共存しあえる日が、いつか必ず来ると、私は心から信じています。







過去をどれだけ憎んでも

過去をどれだけ愛していても

もう戻れない

それでも

これからの日々を愛することは出来る

どれだけ人や自分自身が憎くても

「こんな人生に出会えてよかった、歩めてよかった」と

誇りを持って、息絶えたい

この世を去るのは、怖い

それでも、誰かひとりでもいい

誰かの心に残れたらいいな

そんな人になりたい

この声よ

この想いよ

誰かの心に響け

根を生やせ

深く、深く…

この大地に刻め

「私は、ここに生きている」という証を。