まだ理解が足りない世の中への不満を、ダダ漏れにしようと思います
先日、車椅子でバスに乗って、セッティングを運転手さんに頼んだところ、後部座席に居た女性から「なにしてんの!早くバス出して!!ていうか、なんで障害者が公共の乗り物乗ってんの?!迷惑でしかないんだけど!!」という声が上がりました
バスの運転手さんは、その方に深々と謝っていました
私も泣きそうな顔をしながら謝りました
というか、泣いていました
「私が障害者じゃなければ、こんな事にはならなかった」という自責の念からです
実は、この時だけじゃないです。
五本の指じゃ足りないくらい同じ思いをしました
「私が障害者じゃなければ」
「私が健康な体だったら」
そんな思いを、これまで何度も目の当たりにして、生きてきました
バスに限っての事じゃありません
電車やエレベーター
エレベーターがなかった時の階段の昇り降り(多少なら歩けるので)
その度に泣きながら「障害者に生まれてごめんなさい、ごめんなさい」と自責の念や、懺悔の思いに押しつぶされてきました
それでも、自分から命を絶つ事はしたくなかったのです
恐怖心からと、今ここで命を絶ったところでどうにかなる問題じゃない、逃げたくないと思ったからです
だから「強くなろう」と決めたのです
それからも色々言われてきましたが、以前よりかは自責はしなくなりました
(多少は許してね?)
今を生きている障害者の方々にも、そんな思いをしている方が大勢いらっしゃると思います
その時は、近くにいる方にはためらわず手を差し出して頂きたいのです。
そして、責めないであげてください。
障害者になったのは、自分の意思じゃないのですから。
先天性であれ後天性であれ…です。
障害者と健常者が笑顔で共存しあえる日が、いつか必ず来ると、私は心から信じています。