昔から、自分自身の感覚が人とズレていることは分かってた。
その分、相手に気を遣わせてたり、怒らせたりが日常茶飯事だった。
だからといって、今更治せるのか?という疑問や不安が残る。
治そうとすれば治るのだろうけど、どうしたらいいのか、どこから手をつければいいのか分からない。
だから、自然と孤立していった
ただ単に、「対等」で居たかった
だけどそれを世間は許さなかった
「障害者だから」と距離を置かれた
障害があるからって、なんでそれだけで対等に居させてくれなかったのか、ただ疑問でしか無かった。
苦しさしか無かった
階段から突き落とされたり、水をかけられたり、物を隠されたり、机に落書きされたり、花を置かれたり、病原菌扱いされた
「もう、殺してくれ」とさえ思った
それは、今でもある
だから、お医者様から刃物の扱いはNGと食らった
だからといって、親を責めるのは違う
それだけは分かってた
だから、我慢し続けた
笑顔の仮面を被って日に日に悪化していく行為の痛みを笑顔でやり過ごしてた
それが祟ったのか分からないけれど、どんどん病気が増えた
統合失調症乖離性人格性障害
PTSD
メンタル疾患における過食や拒食
幻聴幻覚
メンタルだけでも、これくらい。
私は、一生光の元で歩けないと思った
その時、あの方の存在を知った
私はあの人さえいればいい
そうとさえ思った。
「それであの人に会えるのであれば」と
ODや、爪を何本捲り、頭を叩く、傷をつける
何でもした
なりふり構わず必死にした
胃洗浄の手前までいった
「あの人に会えるなら、この身を今すぐ投げても構わない」とさえ、思った
何回でも言える
私に陽の光は眩しすぎる。