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「表現の自由」、「思想の自由」、「発言の自由」、「活動の自由」なんて、


社会主義国家の強制収容所以上に存在しなかった家で、


親に感情を認められなくて、それが、私の中で、


「見てはいけないもの」 「言及してはいけないもの」 「名を呼んではいけないもの」


になったとき、感情と、感情を生み出す私は切り離され、私の周りで渦巻く感情はまるで、


確固として不動にそこにあると思われた「私」を未知の海原に曳き浚う、潮流のように思われた。



だからそれ自体が生き物のような感情のうねりを私から切り離し、


名前の無い、顔の無い、私の中で独立した別人格のようになったとき、


それは、私を飲み込み、私を引きさらい、私をばらばらに打ち砕く、


名前の無い、顔の無い、


私の中にいる、忌まわしい恐るべき未知の怪物的な力、激しい本流、潮流のうねりのように思われた。



たぶん、だから、子供のときから、若干、水恐怖症なんだろうな。

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現実認識を変えられないやつ、変える気のないやつは、

親は、殺戮されていい。

そういうやつが、自分の現実認識を変えるよりも守るために、

ヒトを殺戮するようなやつなんだから。




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「もう家には帰らない ーさよなら 日本一醜い親への手紙ー」

(メディアワークス刊 クリエイトメディア編 所収)


『私は何も知らない子供だった。

していいことと悪いこと、やりたいこととやりたくないこと。

”考える”ということがまったく欠けていた。』



このあと、引きこもりに突入する。


だから私の手紙が掲載されたこの本は、私にとって、皮肉な題名だ。


たぶん、これを書くことで、抑圧していた攻撃感情が表面化してきたからだと思う。


自分で自分を閉じ込めずにはいられなかった。


私の中の怪物を閉じ込めるために。


感じること、感じていることを意識化すること、感じると認め、自分に許すこと、


それは、私の家で最大の禁忌。


そのことを私は誰にも明言されることなく、


自動的に暗黙の中に聞き取り、


言葉の沈黙と空白と不在の中に読み取り、

彼らの無意識を身体言語化し、


自らへの罪と戒めとしての痛みへと、転化した。


書くこと、表現すること、声を出すこと、


私を外に出すこと、私が私であることは、

あの家という名の牢獄の中で、許されてなかった。


総てにおいての私を、私の声を、


あの家の牢獄の中の、最も奥深く、暗い場所に、

閉じ込める方へ、閉じ込める方へ、向かう。


私にとって「それ」、「私」が私であること、


私がそこにいることは、命の危機を感じることだった。


ささやくように、沈黙のように、書き、声を出し、動く。


私に「まったく欠けていた」のは、考えることではなく、

自己。


私。


そこにいるはずの私が、

そこにはいなかった。



「感じる」ことを、許されず、認められず、閉じ込められるということは、

そこにいるはずの私が、

そこにいなくなるということ。