昔の人は感知力や観察力が研ぎ澄まされていて、言い伝えられ残されている言葉に自分の感じた受信電波が合い、既にそんな言葉が平然とそこに有って感動さえする。ついこの間2022年の1月を迎えたと思ったのがもう4月も半ばを過ぎている。そうして、改めて先人が残したこの言い古した言葉を新鮮なものに思う。「光陰矢の如し」がそうである。
4月の初旬は桜の花が見たいと、まるでテーマであるかのように浮かんで来る。いつもは車で遠くの公園に行き、桜の木の下にシートを敷いて食べたり遊んだりする。おにぎりの美味さは格別だが、今年はそんな予定はしなかった。ところがKi君から、花見に行こうと連絡があった。
4月6日がその日に決まった。久し振りの明石が堪能できそうだ。明石城跡を抱えた公園は、老若男女の格好の遊び場だった。何が面白いと言って、神戸からはKi君と私、それに加古川からはOm君とKikさんが参加する事になっていて、男ばかりの4人の花見となった。
空も青く、暑い位だった。桜は満開で、最高の条件ではないかと話した。コロナの3文字を除けたら何の変りもないような人出だった。スッキリしない日々を送っていたので、この日は天候にも恵まれ、とても気持ちがいい。
宴会は幾ら4人でも遠慮しないといけなかったが、ビールは売っているから1つ位いいではないか? と思って参考までに店に値段を聞いてみた。買う人もいないのだろう、にこにこしながらやって来た。
「ちょっと聞くだけですが、このビールは幾らですか」
と350mlの缶を指差した。
「450円です」
「ああ、そうですか。ありがとう」
と言ってすぐにその場を離れた。普通の3倍の値段では驚いたし、買う気もしなかった。
歩いていると、野球場にぶつかった。8回の裏だったが練習試合なのだろう、結構名も知られている東洋大姫路高校と友が丘高校が戦っていた。友が丘高校も1対2で善戦していた。バックネットから自由に見られたのが新鮮だった。テレビとは違って全体が観られるのと、キャッチャーが受ける球の音がバシッと心地よく、気持ちを引き締めた。
桜の花も愛でた所で、魚の棚を歩いた。昔は安かったと思うが、もうそれほどでもなくなっている。ランチタイムに明石焼きを食べたかったが、並んでいたので諦めて、船着き場へ足を向けた。その近くに好みのおかずの入った皿を取って食べる店があり、そこでシェアした。Ki君は瓶ビールを何本か注文した。ここで飲めるとは。いいシナリオだ。
「あの船に乗って、淡路島に行ってみないか」
と言った。誰も拒むものはいなかった。大切な1日を楽しく過ごすにはまだまだ時間はある。530円はリーズナブルである。淡路島の北端、岩屋へと船は進む。生活の為の、所謂バスのようなものである。観光船ではない。結構人は乗っているが、4人は階段を上がり外に出た。海の風、潮の匂い、海の色、周りの景色。久し振りの乗船だ。航跡が生まれるように跡を作って行く。
岩屋は静かで特別なものはない。石の上に座って、4人はたわいもない事を話した。岩屋の船着き場に行くと、皆午睡を楽しんでいるようだった。あの柑橘類の匂いを思い出し、文旦を2つ買った。大きい割には中味は小さい。しかし、こんなに重いとは思わなかった。
明石に着き、近くの「舞子海上プロムナード」を案内する事にした。JR舞子駅はあっと言う間だった。明石海峡大橋の起点だが、高齢者は100円で入場出来る。3人は、来た事はないと言った。
最上階の8階で降りた。ぐるっと歩いて回る事が出来るようになっている。一か所およそ50メートル下の海面が見える厚いガラスの路がある。最初はとても怖く、高所恐怖症の人は渡れない程だ。それでも目を瞑ったり、端っこのガラスでない所を歩いたりすれば渡れない事もない。慣れたら何ともなくなるだろうが、怖いものは怖い。私は平気そうに渡るが、怖い事を想像しないようにして渡っている。
Ki君は、皆が説得しても渡らなかった。とうとう、来た路を引き返して行った。戻ると、8階の喫茶でコーヒーを飲んだ。常に、橋を車が渡っている振動が伝わって来る。まるで震度の低い地震のようだった。振動がなくなる事はなかった。夕方には、2人ずつ、東西に分かれた電車に乗って別れた。
4月16日はPink Moonと呼ばれる満月の日で、実際は17日の午前3時55分が正真正銘の真ん丸満月なのだが、肉眼では16日の夕方でも普通に満月に見える。何故満月の事を書いたかと言うと、16日の夕方用事から帰る途中、目の先の山の上に見えた満月に目を見開く程に驚いたからだ。どっと迫る満月が尋常な大きさではなかったからである。
「あっ」と叫んだと思う。まだ、辺りは明るく白い色の月だった。速度制限の丸い標識を近くに見た大きさよりももっと大きい月だったからだ。その月も、夜中に真上に上った黄色い月も大きさは変わらず錯覚なのだが、この大きさは生まれて此の方初めて見た仰天大だったのだから。
そんな月も夜中の寝る前にもう1度観た。黄色い、どら焼き位の月。美しく輝いていた。すると真上にチカチカ光る光が・・。それは尾を引いている。何だ、飛行機雲か。こんな闇にどんどん尾が長くなり、よく見える雲は南西の方角にずっと直線を描いて、飛行機だけが消えて行った。
2番目に大きいのは1995年1月16日に見た月。これは1月17日5時46分の阪神・淡路大震災の前日の月だった。夜家への帰り道、それは真ん丸い盆のように大きく、朱色のような爛れたような月だった。それが大地震の前触れだったのかと、今になって思わざるを得ない。あの地震からもう27年も経ったなんて。もうそんなに経ったのかと思う。