今迄に、例えば宝くじを例に取ってみても、今度は当たるかなと思っていると、必ずと言っていい程当たった事がない。そんな時は、全く思いもしなかった時にこそやって来ると言う事が、まるで数学の公式であるかのように定着して来て、驚く羽目になる事が常だ。スクラッチもすぐに答えが分かるので買うと決めたら買う。1枚が200円で、私は何枚買っても当たる時は当たると言う考えの元に、5枚買う事にしている。「上から5枚にしますか下から5枚にしますか」と言われると、どちらでもいいからただ5枚くれたらいいのにと思う。これさえも、当たるか当たらないかと思う事もなく、何気なく削っていると、何だこれは、と思う記号が現れた時それが1万円の当たりだと気付く事が多い。と言っても、1万円が当たった事は2回しかない。これは、色んな事に当て嵌まる。

 

ああ、枕文章がこれだけで終わったのは、昨年の文章作法に関する精進の賜物である。

 

昼前にマルハチに出掛けた。どうしてもカツ丼が食べたくて、揚げたカツを買いに。それと、ふと晩の焼酎のあてに肉じゃがを作りたかった。

 

カツはイオンで売られているのが本命だが、それは既にイオンに行ったが、まだ出来ていなかった。マクドナルドやケンタッキーフライドチキンなどが売られているエリアにカツ丼を売っている店もある。1度買ったが何故こんなに不味いのかと思った事があり、私は自分で作ることにしたのである。

 

ありゃ? また書きたい事を書いていない。いらない文章が続くのは、私の性格なのか、生活習慣なのか、頭の構造に無駄が多いのか。まず、ここから書きたい事を書こうと決心した。ここまで書いた文章より多く長く終われば、余程の拙文作家であろう。読んでくれる人には、琵琶湖の水全部の量ほど申し訳ないと思う。

 

昼前に、マルハチに出掛けた。外に出ると、微かに白いものがチラッと見えた。雪だ! それを雪と呼びたい程の心の揺れを感じた。風に煽られ、ヒュッ、ヒュッと飛んで行く。それでも、私にとってはそれは初雪だった。

 

揚げたカツは6つにカットされている。それから牛モモ肉、ジャガイモ、ニンジンを買い、家にあるものは買っていない。つい目に付いてしまうものがある。ウイスキーボンボンだ。瞬間悩んだが、ボンボンの中味についてだった。ボトルを模ったチョコレートが焼酎入りか日本酒入りかなどで。沢山の種類があり、4個で1,000円のものまであったが、私は迷わずウイスキーボンボン10個入りで400円位のものを手に取った。

 

スーパーから外を見ると、雪は、少し雪らしく、仲間を連れてあちこち遊びながら降りて来た。早く外に出て雪に濡れたかった。この感動は何だろう。子供の頃に見た積もった雪。長靴を履いて小学校に歩いて行った。ゴム長靴、それの前面には朝日長のマークが入っていたと思う、その隙間から雪は入って来て、学校に着くと足の先は濡れて冷たかった。そんな時、しもやけになった思い出もある。靴を脱ぐと、ダルマストーブの近くまで足の先を近づけ、暖めた。足の指が、決まって痒くなった。

 

しんしんとだんべら(ボタン雪の方言)が顔から体まで宇宙の果てから全身を圧迫するように次から次へと止まる事もなく迫って来る。努めて上を向いて雪の物言わぬ軍団を受け入れていた。一面に田畑を覆う純白の広がりゆく絨毯を、今でも鮮やかに思い出される。そんな昔の決まった映像が、雪に感動する体質を作ったと言えないだろうか。

 

マルハチを出て上を向いた。かつての習慣からすっと顔に迫る雪を見たが、ひらっと見えては消えた。だが、それは雪である事には間違いなかった。車に乗ってもそれはそれ以上ではなかったが、瞬時に消える事こそなかったにしろ、降りしきる雪の願いは叶わなかった。ワイパーを動かす程の事もなく、それは水滴になり直ぐに雪の面影はなくなった。まるで妖精のようだったなどと歯の浮くような表現はしたくない。そんなに美しい、楽しいひと時ではなかったからだ。

 

家に着くと、雪など何処にもなく、濡れたフロントをひと拭いするだけで終わった。車のタイヤが滑るほど降って貰いたいとは思わない。子供の頃の夢は、今の現実とは一致しない。何処までも降ってとは言えない。危険が伴う事は、最早夢ではなくなっているからだ。

 

いなり寿司も食べたかったのだろう、5個入りの透明な蓋を開けると、早速肉じゃがを作り始めた。少ししてから、カツ丼も一緒に作り始めた。その途中でちょこちょこ食べていたいなり寿司も、跡形もなくなった。

 

神戸の雪はもう見る事はないのだろうか。真昼前に見た雪は、午後を過ぎるや目に映る事はなくなった。東北の辺りも描かれている筈の原田マハの「旅屋おかえり」を読み始めている。その中に、また雪の映像が垣間見られるかと思う気持ちが優先する。ずっと続く、私の雪への憧れである。

 

一頻り、芋焼酎のお湯割りを飲みながら肉じゃがを箸で運ぶ。自分勝手な、人には何の得もないブログを書き終え、すっかり冷めてしまったお湯割りをもう1度作って飲もう。かなり作った肉じゃがが、まだ残っているかどうか。その後、娘の家族がやって来て、「美味い。甘さも丁度良い」などと言いながら、結構あった肉じゃがが見る見るうちに姿を消した。私は、その代役をキムチに任せた。

 

珍しく蔓延防止等重点措置が兵庫県にはまだ出ていない。23日はオカリナの練習がある。そんな発出があったら今まで通り中止になるのが常だが、これならぎりぎり皆集まるだろう。24日は加古川で親しくなった人達との所謂新年会がある。これも、まだ飲んでもいい集会だと、確かめに行った加古川の、その会の代表が聞いた。ほんのちょっとのズレで、動けたり動かなくされたり。いや、飲めたり飲めなくされたり。飲まずに食べる新年会など、私の先入観に浸った脳みそは、聞いた事がない。