明けましておめでとうございます。相変わらず勝手なブログですが、今年もよろしくお願いします。
パソコンが繋がらなくなる事が頻繁になり、ブログを書く気力も減退するようになったが、今年も何かあるだろうと思うと、まだ止めるまでには至っていない。辛抱しながら続けたいとは思っている。と言っても、見てくれる人はほんの決まった数人だけれど、それでも嬉しい気がする。それが、繋がっている喜びなのかも知れない。
1年を送る為には、年越しそばを食べる風習がある。子供の頃はそばが嫌いで、うどんを食べた年もあった。出前の中華そばを食べる事になった時は狂喜した。でも、そばが相場だからか、後ろめたい気持ちになったのも事実だ。今ではそばに安定しているが、そばでない時もあったと言う話。
不変なのは、いつからなのか毎年NHK紅白歌合戦は欠かさず見続けている事だ。2021年も変わらず観た。これがないと新しい年は来ないと思えるほど、ルーティーンとなっている。長い長い年月に、最初の頃は歌謡曲や流行歌が当たり前であったが、いつ頃からかポップスやグループの激しいダンスしながらの歌やアップテンポのものが持て囃されるようになっていた。丁度そんな交じり合った分かれ道の時は、流石に違和感を覚えたものだった。
今年の紅白歌合戦は演出の素晴らしさを見せつけてくれたように思う。ここまで素晴らしいステージ等を作るのには、相当の日数や技術やアイディアや人数が必要だっただろうと想像する。全体が芸術のようだった。以前の違和感どころか、目を離さずにテレビを、時には体を乗り出して観たりした。MCも良かったしね。そうして7時30分から11時45分がきちんと終わった。すぐに画面は切り替わり、清水寺の鐘が鳴り出した。
牛と虎がカウントダウンで入れ替わった瞬間が2021年の24時と2022年の0時で、それをやや過ぎて2022年になってから眠った。12月31日は昼過ぎとスーパーに行く途中に、数少ない雪がひらひらと舞うのを見た。純白ではなく、少し汚れの見える、やや灰色がかった雪だった。それでも、心な中では雪! だった。
2022年は朝7時過ぎてから高速バスに乗り、三宮に出掛けた。マフラーをするのは止めにしたが、そんなに首筋が寒くもなかった。バスから見る雲は、まるで六甲山が連なっているように壮大だった。そらは青く晴れていた。
生田神社に着く前に、若いグループがすれ違い、誰かが「よお」と叫んだ。気が付いた数人の中の1人が驚いたように「おお! あけおめ」と言った。こう言う省略した挨拶があるのは知っていたが、目の前で聴けて、それはそれでリアルだった。
いつもは屋台が並ぶ短い参道には何もなく、消毒液の入ったいつも見るプッシュする容器が置かれ、それを数名の確認している人がいた。鳥居を潜ってからも、その道は同一方向に3つに分けられ、帰りはそこを通れない一方通行だった。
いつものような賑やかさも人出もないが、ディスタンスを取りながら、皆は初詣の何かを2礼2拍手1礼の中に込めていた。昨年のお礼だっただろうか今年のお願いなのだろうか。十人十色であろう。
お御籤を引いた。色々の項目は別として、今年は「第三十三番 吉」で、いつものように歌が書かれている。作者未詳十四・三四二四 「下毛野 美可母の山の 小楢のす ま麗し兒らは 誰がけか持たむ」
訳がかいてある。『「みかもの山のコナラのように美しい娘はだれの食事の世話をするのだろう」つまり「だれと結婚するのだろう」の意です。他人の目や動向が気になりやすいときです。しかし、人目を気にせず、自分の足下をしっかりと見つめて行動を起こしてください。』
私への忠告は、しかし以下を念頭に置いて今年は歩めと言う事らしい。生田神社のお御籤は、いつでも読むに値すると自分では思っている。
ベビーカステラも買って帰るつもりだったが、参道には屋台がない。ああ、今年は買えないのかと思ってメインロードに出た途端、その横に走る道路の向こう側に屋台があった。早速ベビーカステラの所まで行くと、私の前でなくなり、焼き上がりを待った。
「500円と1,000円はどの位の数が入っていますか」
と聞いた。
「500円は15個」
「じゃあ、1,000円はその倍だね」
「そうです」
誰でもこの位の計算は出来るが、せめて1,000円は30個ではなく33個位入れて貰えてもいいのではないかと勝手に思った。それなら500円のでいい。
「500円のを下さい」
「はい、ありがとね」
女の人はそう言った。私のすぐ前の人の袋は大きく膨らんでいたので、多分1,000円の次の2,000円のものを買ったと思った。
帰りは三宮からのバスは11時過ぎてから運行なので、JRで垂水駅迄行き、そこからは普通のバスで帰った。お陰で、9時30分には帰る事が出来た。
昼からは娘の家族が来る。孫にいつも買って帰る事にしているのがベビーカステラだ。美味しいとは思うが、開けて吃驚。余りにも小さい。ビー玉の大きいのがあるが、あれ位か少し小さいかだ。1個、約34円は高い。屋台とはそんなもんなのだ。
1時前に来た。早速雑煮を食べる。これも習慣で、子供の時から私は食べて来た雑煮だ。皆それぞれ自分の家で食べて来た当たり前の、しかし懐かしい雑煮がある筈だ。私の家のは炒り子を醤油に入れて出汁を作り、中には鰤の切り身、芹、牛蒡、豆腐、岩海苔(十六島海苔)を入れる。この雑煮がないと、今年が始まらないと思う私である。他の家族も別の日に来るから、また食べられる。年末と年始の、私のルーティーン的習慣である。
今年は特に金運があると言われている五黄の寅の年だ。生田神社のいつもは8人の巫女さんが2人1組で本殿の下の中央の庭でお御籤を売っているが、去年も今年も本殿に向かって左横の広場で売られている。それが上に書いたお御籤売り場になっているが、よく願い事を書いて吊り下げている屋根の形をした木の札を見かけるが、その形を背の高さ位い大きくしたものに、虎の絵が描いてある。正しく五黄の寅だ。こんな事した事がないのに、携帯に撮り、待ち受け画面にした。顔が光の陰になってはっきりしないが、なかなかいい。
今年は、どう虎と付き合って行くか、それを考えて行こうと思う。何だかんだ言っている内に、また月日は矢のように速く、すぐに虎と兎がバトンタッチする時が来るだろう。実感した明るい喜びの有る2022年、令和4年となるように願いたい。