危険とも紙一重。万に幾つか、亡くなる人もいる。私もその1人に絶対にならないとは言い切れない。一瞬だが、不安も過ぎった。

 

シマさんは、電話で私の遅い予約を心配してくれた。もう決めていた日をキャンセルして、もう少し早い日に替えたらと言った。因みに、彼はとっくに、2回目も済ませている。

 

4月の21日から、毎日のように連続で予約の電話をして、繋がらない日が1週間続いた。8日目、諦めたように慢性的に期待せず電話を掛けていた。突然それが繋がった。慌て乍ら、早速予約をのやり取りをした。もう、近くでの予約は一杯で、須磨区や長田区や兵庫区では幾らかあった。しかし場所が夫々の駅から離れていて気が進まなかった。三宮には集団接種会場があると言う。オーパ2は、駅から1分位かな? 三宮に出てみたいと思う気もあって、即決した。6月24日と決まった。

 

シマさんから電話があったのは、それから少し経ってからだった。もっと早く出来るならと何度か予約電話をしてみた。だがそれは通じず、オーパ2をキープする事にした。後に、会場がサンパルの7階に変更になった知らせが来た。

 

予約の電話をし出して略2ヶ月。長かったが、やっとの事で6月24日が来た。4時が予約の時刻で、数少ない高速バス1時間半前の便で出かけた。どうしてもカツ丼が食べたくて、まだ1時間ある事をいい事に、地下のカツ丼店に足を向けた。普通盛りに溶き卵は2個の食券を購入。席に着いた。昼時は行列が出来るが、3時10分ともなるとがら透きで、10数席に2人しかいなかった。

 

カツ丼の結論を急ごう。沢庵は好きなほど食べられるのはいいが、値段が上がっている。揚げたてのトンカツを切るが音はサクサクと気持ち良くリズミカルだが、今までの切り幅より半分位は細くなっている。私は、今までの親指位の幅がいい。それに、揚げたり盛ったりする人が違っている。だからかどうかは分からないが、だし汁かトンカツそのものか、味が落ちている。1押しをしていたのだが、とても残念である。

 

20分に店を出て、会場に着くと3時35分だった。4時予約の人は既に25人は席に着いていて、私はその流れに乗った。予診票と接種券と本人確認書類の1つ運転免許証を見せるとそれら全部ファイルに入れて持たされた。

 

次の部屋では、入る前に手の消毒と顔を写して体温を測られた。そこではファイルに挟んだ上記の3種類を前の受付の人にスタッフが持って行き、何かスタンプを押していた。番号を印刷された紙を入れたパスケースのようなものを、赤か青かの紐に繋ぎ、首に掛けられた。私は青。順番の番号は「222」番だった。

 

数人ずつ廊下のような所の椅子に座らされ、接種の番を待った。その順番はすぐに来て、青い入り口から入った。そこで予診票の確認を受け、5つのブースが開いた順番に番号順に入って行く。私は2番目の医師のいるブースだった。

 

「今日は変わった事はありませんか」

 

「いいえ、ありません」

 

「アナキラフィシーなど起こした事はありませんか」

 

「ありません」

 

「利き腕はどちらですか」

 

一瞬戸惑った。箸を持つ手は右だが、トンカチは左手だし、トランプ等のシャッフルは左手だし、左手でも箸は使える。それでも利き腕と言えば、私は右腕だろう。

 

「右腕ですかね」

 

躊躇しながら言った。医師は、とても親切な人だった。

 

「明日、腕が痛くなった時、利き腕だったら箸で掴み辛くなると思うので、反対の腕にする方がいいと思いますので」

 

「では、壁に向かって下さい」

 

と言った。すぐには理解できず、耄碌したもんだと思った。椅子に座ったままだが、壁に向かうと医師には左腕が向かう。反応が悪くなったのかと、恥ずかしささえ感じられた。

 

「注射した後、しっかり手で2、3分押さえていて下さい」

 

血液をサラサラにする薬イグザレルトを飲んでいたからである。

 

「では、アルコール消毒をします。ちょっとちくっとしますが」

 

「どうでしたか」

 

ちくっとすると言われて構えると、却って感じないものだ。あれだけ長い針を押し込むのに痛くも何ともなく、あっと言う間に終わった。

 

「ありがとうございました」

 

「では、次の予約を取って下さい」

 

案内されて、次の部屋に移った。私は1回目だったのでそのオープンスペスになった部屋に行ったが、ここは3分の1も人がいなかった。2回目が今日の人には関係がないからである。5人の受付をする人の1人の所に行き、そして、次3週間先の日時が決まった。

 

接種後の何らかの副反応が見られるかも知れないからと、状態観察の30分、その場にいなければならない。4時58分まで待機しなければならなかった。反応のようなものは感じなかった。スタッフの1人が、

 

「大丈夫ですか」

 

と、4時58分とその前の2度聞いて来た。そうして、無罪放免と相成ったのだ。こんな冗談が言えるのも、副反応が現れなかったお陰だ。今はそうでも、明日は分からない。

 

三宮駅の周辺は、緊急事態宣言が解除されているからか、その前からかは分からないが、人出はやや賑やかな方かなと思った。三宮に来ていなかったら、何の変りも感じられず、家に籠る生活が続いていたかも知れなかった。若者の声が響いていたり、演説のスピーカーの音がけたたましく、信号を渡るまで煩かった。耳を塞ぎたかったが、そこまではと、辛抱した。

 

このまま帰るには耐えられない。折角の三宮だ。ビルの群れが青空を衝いている。三宮センター街の入り口の横にドトールがある。家にはもうなくなっているが1袋約20円のUCCコーヒーではなく、美味しいコーヒーを飲みたかった。ここのコーヒーは安い。バスは20分したら来るが、それではつまらないし勿体ない。その時間が過ぎても、次のバスは30分したら来る。随分時間があるではないか。私は、久し振りの三宮の空気を胸一杯吸っていた。

 

ベビーバウムクーヘンとコーヒーSを注文して、比較的空いている入り口近い席に座り、徐に口に付けた。これぞコーヒー。苦いのに爽やかだった。時間はまだある。沖縄県産パインヨーグルトが目に付き、これも飲みたくなった。ミックスジュースのように、少しドロッとした飲料だった。美味い。久し振りの三宮の空気の中だったからだろうか。今度は、ミラノサンドやジャーマンドックと一緒に。

 

引き籠りのストレスは、仲間や人と出会う事を阻止する。せめてもの安らぎは晩酌である。ワクチン接種では酒を禁じてはいなかったようだ。以前貰った日本酒(1升瓶)がもう少し残っている。それを飲みながら、ワクチンとアルコールが結合して、変な集合体ワクチンが体内で生まれはしないかと、気を揉む晩酌だった。