もう、明日の薬を残すのみとなった。降圧剤を貰いに、クリニックに向かう。8時半に戸が開く。早く行けば、終わるのも早い。だが、今日は2人の男が並んでいる。3番目なら、そんなに遅くはならない。

 

戸が開いて、消毒をして、いつものように待合室に足を向けようとした。

 

「ここで体温を測ってから入って下さい」

 

大きな声で吃驚したが、前の習慣になれていると、幾ら書いてあっても、それは目に入らない。9時から診察が始まるから、30分は目を瞑ったり、瞑想をしたりしていた。皆マスクをしていた。

 

年を重ねた女の人が、凄い慌てようだった。車の中にキーを置いたままドアを閉めてしまい、ロックをしてしまったようだ。それが、動揺していると見えて、大きな声を張り上げていた。携帯電話も車の中にあると言う。家族の人に電話をして、キーを持って来て貰う為に、クリニックの電話を借りていた。

 

回りの人が注視する程の慌てようと声である。家族の1人と思われる人は、簡単に来れない所にいるようだった。家にキーを取りに帰れるような場所でもなかった。

 

JAFを呼ぶ事に考え付いたようだが、そこの電話番号が分からない。何とか調べてみると言っていた所、待合室にいる男の人が、

 

「その番号、分かりますよ」

 

と言った。渡りに船だったようで、電話中の家族だろう人にその事を大声で言うと、電話を切った。私でも慌てただろうし、ほっともしただろう。気持ちは伝わって来た。

 

だが、問題はマスク。その男の人のすぐ側で、口が見える程にずれたマスクのまま、大きな声で喋っている。3密所の騒ぎではなく、私は気が気ではなかった。飛沫がそこら中に飛んでいると、容易に想像できたからだ。

 

まあ、他山の石にしよう。

 

私の順番は意外と早く来て、9時半には会計を終わり、クリニックを出た。薬局で薬を貰ったが、これもすぐに済んだ。

 

去年の夏過ぎから、お寺の掲示板に同じものが貼り付けられている。多分、住職が気に入った言葉であるかも知れなかった。私も、ずっつ惹かれた言葉だったのである。

 

「私を私に育てる責任者は私」(東井義雄)、とある。マスクとぴったり合う言葉ではないが、マスクも自分の責任で正しい付け方をしなければならないと思った。余り関係のないことだが、マスクをした人が当たり前に見られるようになった昨今、鼻から下はよく分からなくなった。まるで仮面を着けているようだ。それも、目は分かるのだから、月光仮面ならぬ半仮面か。色々な異常なことが当たり前になっているこの日々。顔が当たり前に見られる当たり前だった当たり前が戻る日は、いつになるだろう。

 

台湾、豪州、新西蘭は、コロナを自国で押さえ切ったと聞く。これらの国は、1国がアイランド。日本もその仲間だ。封じ込める日を期待して待ちたい。

 

 

追記

 

今年2回目の満月の日が、2月27日だった。全く真ん丸になる時刻は17時17分だった。幸い良い天気だったから、月が見えるのは確かだ。この時間に外に出たが、周りが明るく、見られなかった。少し暗くなった頃、カインズの駐車場に上がって見た。それでも何処にも見えない。

 

すると、東の低い山の頂点辺りが少し明るかった。そこから月が昇るのだと思い、暫く立って見ていた。案の定、少しずつ顔を覗かせて来た。結構大きな顔だったが、周りに建物や山などがあると大きく見える。盆のような顔。しかし、叢雲に遮られて、曇りのない満月とは行かなかった。それは6時30分頃であった。

 

1月のSnow Moon(雪月)も見た。3月はWorm Moon(芋虫月)で、3月29日。真ん丸の満月になる時刻は3時48分。ぐっすり眠るべきか、この時刻に外に出て見るべきか、それが今から問題である。

 

満月がマスクをしたら、あんな顔になるのかと、2月27日の月を思い出していた。