夜も更けて、28日は29日に替わって行った。やっと眠りに就いたが、3時前には、鳴り続けていただろうラジオ深夜便の音楽が、再び聞こえ始めた。脳が目覚めさせてくれたのだろう。今年初めての真ん丸になった時刻に、満月を観たかったのだ。その時刻が4時16分だった。

 

ラジをを聴きながら、もう眠る訳には行かなかった。朦朧となったり覚醒されたりしていると、「4時のニュースです」と言った。布団から出たくなかったが、ここで踏ん張らないとと思い、さっと身支度をした。寒い事が分かっていたからである。

 

短い丈のコートを着ると、戸を開けて外に出た。曇っていて見えないか雨が降っていはしないかそれが懸念されたが、一瞬に掻き消された。星が薄く目に入ったからだ。そこには、皓々とした満月の姿があった。綺麗だ。感嘆の言葉を飲み込んだ。邪魔をするものが、回りには1つもなかった。西北西に輝く満月は、地球の反対側にある太陽に照らされて輝いている思いに行きあたるまでは、その美しさに圧倒されていた。

 

鯨のような雲が、目の前を通り過ぎて行く。風も上空では吹き捲っているのだろう。見る見る南から東の方に泳いで行って、見えなくなった。私は、玄関の前で見るので十分だった。兎に角寒い。温度計を持って来て、暫くそこに置いた。限りなく、零℃に近かった。屋根に隠れて半分ほど姿を見せていた星に見覚えがあった。体を道側に不自然に寄せると、全部が見えた。久し振りに見る北斗七星だった。

 

柄杓の4番目の星は見えてはいるが、極めて薄かった。6番目の星には連星があって、それが見えたら視力は1.5以上だと言われていた。昔はよく見えたが、今でも遠視には違いないので見える筈だった。目を凝らして見ると、ちらっと見えたのか見えなかったのか、そんな感じだった。

 

何度か満月を見つめたが、その度に感動しかなかった。こんなに綺麗に見えた月は、そんなにはない。アメリカの原住民は、1年の流れを知る為に、1月はWolf Moon (狼月)と名付けているそうだ。「真冬の食糧不足を嘆く飢えた狼の遠吠え」に因んだ命名だ。

 

満月を観ていると、この寒さが子供の頃よく歌っていた童謡を思い出させた。「たきび」だ。まるで木枯しが吹いているような感覚だったからだ。木枯しと言う言葉は、この歌から覚えたに違いない。懐かしい響きに誘われて、因みにではあるが、ここに書き出して、暫し味わってみたい。

 

 

たきび

          作詞 巽 聖歌(1905-1973)  作曲 渡辺 茂 (1912-2002)

 

かきねの かきねの まがりかど

たきびだ たきびだ おちばたき

あたろうか あたろうよ

きたかぜぴいぷう ふいている

 

さざんか さざんか さいたみち

たきびだ たきびだ おちばたき

あたろうか あたろうよ

しもやけおててが もうかゆい

 

こがらし こがらし さむいみち

たきびだ たきびだ おちばたき

あたろうか あたろうよ

そうだんしながら あるいてる

 

かきねの かきねの まがりかど

たきびだ たきびだ おちばたき

あたろうか あたろうよ

きたかぜぴいぷう ふいている

 

こがらし こがらし さむいみち

たきびだ たきびだ おちばたき

あたろうか あたろうよ

そうだんしながら あるいてる

 

そうだんしながら あるいてる 

 

 

29日が満月だと言えば、大抵の人が今晩の月を満月だと思うだろう。私もずっとそうだった。また、今夜見たとしても、欠けている所など分からないと思う。しかし、真ん丸になった時刻は瞬間的なもので、その時刻に見る満月も又格別ではないかと思う。これから後11回観られる今年の満月を、全部真ん丸の時刻に見たいと思った。

 

全部観るのには問題がある。雨の時や雲の多い時は不可抗力だし、昼の間に真ん丸になれば、普通は見られないと思うだろう。4月(12:32)、7月(11:37)、9月(8:55)、12月(13:36)の真ん丸の満月だ。白い月として見られる場合もあるから、それなら昼に見てもいいが、これは調べれば分かるが、そこまではしていない。その時晴れていたら、夜の月で満月と考えればいい事にしよう。

 

こんな、時刻を意識して満月を観た事はない。今年は、そんな見方をしてみようと思っている。次は2月27日(土)だが、真ん丸の瞬間は17時17分だ。Snow Moon (雪月)は、どんな姿を見せてくれるだろうか。