正直に言うと、横浜の妹は気が向くと宇宙ステーションが見られる時間を知らせて来る。
正直に言うと、私はいつISSが見られるかは調べれば分かる域に達している。
正直に言うと、最初に教えてくれたのは妹だが、今の私はまるでオタクだ。
寒いとか、積んで来た経験で、もういいかと言うのが今の気持ちだった。だが、こうして知らせて来ると、まるで操られているかのように、オタクになる。
30分前に伝えて来たメール。オカリナの練習をそそくさと止めて、心はカインズの屋上駐車場に飛んだ。準備をすると、もう暮れてしまった秘密基地へと、車を飛ばした。午後6時9分から15分までの観察が出来る。比較的温かな夕暮れ。震える事はなかった。
磁石で何度も西側を確認した。予定では、一番高くなるのが北西で、消えて行くのは北北東だった。西に、小さな星が1つ、ぽつんと弱々しく輝いている。今までの経験で、「低い所に現れて」と書いてあっても、それよりは随分上に見られた。
首を上に上げて見るが、突然現れるから、気持ちを楽にしていなければISSをキャッチするのはそんなに容易ではない。西に、点滅する飛行機。北北東にも現れる。全くいい迷惑だ。だが、経験は自分の心を豊かにする。いくら飛んでいても、それは飛行機だと断定出来た。殆ど星はまだ見えない状態で、現れた時は頬の筋肉が緩んだ。
もう、目を離す事はない。しっかりとその小さな動く星をゆっくり追った。なんと至福な時間だろう。9分から15分まで見られると言う喜び。その度に、上って来る車、下りて行く車。その前照灯の明かりは眩かった。私は、きっと変な人だと思われているのだろう。その度に上の方を眺めた。誰か車を止めて、「何があるんですか」と聞いてほしいなと、何度も思った。でなかったら、本当に変な変なお爺さんだ。
6分掛かって見えなくなった。満足以外の何物でもなかった。妹がメールをくれなかったら、絶対に見ていなかった。何故なら、見る事に一生懸命でもなく、細かく調べてもいなかったからだ。
カインズの駐車場のコーナーの街灯が眩いのが欠点だが、北から西を中心に南にかけてのパノラマは、正に私の観測秘密基地なのだった。
すっと消えて、自分が90度体を回転している事を知った。南の空の高い所を見ると、上弦の月である半月が美しく、その上か横か下か、そんなに離れていない所に、火星が月が首にかけているペンダントに見えた。明日は雨だと言う。よくぞこのISSと月と火星のコラボの宇宙を見せてくれた。妹からのメールがなければ、何度でも言うが、ISSは絶対に見てはいない。
暗くなった道を戻った。もう1度、月と火星を見て、家の中に入った。日本盛を飲み、鶏の唐揚げをあてにして、TVを観た。一番気が落ち着く時だ。もう1杯、日本盛を飲んだが、追加のあては5種類の千切りの野菜、それとサンマの缶詰だった。サンマは最近獲れ難くなっていて、値上がりも噂されている。スーパーからなくなってしまうまでにゲットする為に、サンマの缶詰を幾つか買って来ていた。ついでに、鯨と鯖の缶詰も忘れなかった。缶詰なら数年は大丈夫だから、少しずつ買って置くのもありかと思う。
オカリナの練習かISSのオタクか。オカリナは明日も練習出来る。今日は、25日に加古川での集まりで演奏する予定の曲を練習した。まだ、確認はしていないが、中止と言う話はない。ギリギリに、そんな話があったとしても、練習した分、何かの肥やしになっている事だろう。だが、指は曲げると痛い。低いラの音が、簡単には出ない。指がバネのように跳ねたりもする。もう演奏の限界に来たのだろうか。
それでも、オカリナに食らいつく。「赤いスイートピー」「ワインレッドの心」「ある愛の詩」「紅蓮華」。これが演奏曲だ。アンコールがあれば「いのちの歌」「まちぶせ」を用意している。アンコールは、適当な時に止めなければ飽和状態になって、もう聴きたくない頂点に達する。もし拍手も止まる事がなかったら、あとは何にしよう。「白鳥」や「アランフェス協奏曲」があるだけだ。それでも、となったら? 「津軽海峡・冬景色」がある。この曲は、アルトC管で演奏するが、8種類のアルトC管で吹いてみた。どのオカリナが一番石川さゆりの気持ちを表現するのに近いかを知る為に。
19歳の頃の「津軽海峡・冬景色」と今のそれとも聞き分け乍ら、どの辺りの演奏をすればいいのかと逡巡する。
指がもっと動けばなあ。こんな時が来るなど、つい最近まで考えてもいなかった。確実に歳は過ぎて行く。人生は、そんな風になっているのだろう。火が炭になって消えて行く寸前まで、満身創痍でもオカリナは吹き続けていたい。満身創痍で、吹けるかい?
結局、25日は中止になったが、取りやめにしたKiさんの判断は、緊急事態宣言に則っての賢明な判断だった。