神無月に入った。だが、私は神無月とは言わなかった。生まれて此の方それは神在月だった。出雲には出雲大社がある。そこに全国の神々が集まるから、出雲は神在月。他の地域は神々がいなくなるから神無月と言う。実際に、48メートルはあっただろう、その神殿を支える柱の跡が出現した。神話が神話ではなくなった瞬間である。

 

私は、そんな出雲大社の近くに生まれていて、松本清張の「砂の器」でも有名な、出雲弁の通用する地域で育った。こんな話をして行くと、原稿用紙10枚など、全く足りない。

 

昨日は10月1日だった。私は、この日私だけにしか感じる事の出来ない喜びに浸った。第7回日本オカリナコンクール事務局から、私のエントリーした動画が届いたと言う知らせだった。それは、私が送った動画ではなかったからだ。

 

9月28日に、ピアノ伴奏をしてくれるSさんのお宅を訪ねた。10時20分が約束の時間だった。時間調節の為に、阪急王子公園駅の外で少し待った。そろそろかと思った所でトイレに行こうと考えた。敬老優待乗車証をゲートのタッチ場所に押し付けて、中に入った。出る時に、またその優待者証を軽く押し付けた。ゲートが閉じた。競馬なら開くけれど。

 

何度か試みてそれがうまく行かないと知った時、焦りが出た。職員のいる筈のドアを叩いた。何の反応もない。焦る気持ちが、私に変な考えを起こさせた。もう、このゲートを飛び越すしかないのか、と。しかし、そこはそこ。そんな事をすれば、犯罪者の烙印を押される事だろう。少し冷静になろうと思った。20分が30分になっても、理由を言えばSさんには分かって貰えると思った。

 

じっとして、途方に暮れる暇はない。ウロウロしていると、連絡出来る赤いボタンが目に入った。

 

「はい。どうされました」

 

「トイレに行こうと思って、誰もいないので優待者証で入りましたが、いくらそれを入れても、ゲートは開きません。どうすればいいですか」

 

心の中では、ほっとした気分が満ち始めていた。

 

「そこのカードを置く所に優待者証を置いてみて下さい」

 

「ああこれですね。置きました」

 

「そうしたら、そのよこのゲートから出て下さい。今回は結構ですから」

 

飛び越して出なくて良かったと思った。どうせ、監視カメラに写る事は必然だからだった。こんな駅、初めてだった。大抵、言えば入らせてくれた。出る時は、にっこり微笑んで、「ありがとう」と言えば良かったのだ。

 

日差しが殊の外きつく、汗が滲みそうだった。

 

Sさんのお宅に着く瞬間、工事の車が2、3台並んでいた。きっかりに着いた。

 

すぐにSさんが出て来てくれた。1時間位の内に、練習と本番で終わると思っていた。

 

「練習しましょう」

 

と言われた。私は、急にやっても上手くなる筈はなく、

 

「あんまりしなくてもいいと思いますが・・」

 

歯切れの良くない言葉が口を衝いた。時々、工事の音がした。このまま動画にしてもいいのではないかと、私は感じた。

 

「12時過ぎまで待ったら静かになりますけど。工事の人がピンポン鳴らしてくれて、そこからお昼休みで1時間は音がしないようになっています」

 

と言った。やっぱり練習は大事だ。リハーサルの積もりで、私は練習に心が傾いた。

 

442Hzの音になるように吹いてみたが、その都度息の力が違った。この時は、かなり強く吹かないと、ピアノに合わない。審査員が、そんないい加減な音程を見逃す訳がない。私は、息の調整をした。結果的にだが、練習をして良かったと思った。音程を正しく取ると言う事はオカリナでは難しいが、コンクールに出す以上、それは重要な事だと感じたからだ。

 

ちょっと休憩をしてティータイムとなった。えらい美味いお茶だった。お茶畑を経営している人に頂いたお茶だそうだ。久し振りにお茶を飲んだ気がした。

 

「ピンポーン」

 

12時15分頃だっただろう。

 

「それでは、本番行きましょう」

 

スマホに収まる構図を確認して、Sさんが椅子に座って6、7秒してから私が課題曲を吹く事になった。その後の自由曲は、オカリナを手に持ってから伴奏をして貰うように話し合った。全て終わると、暫くしてからSさんが徐に立ち上がり、スマホを止める事になった。私は、それが終わるまでピアノの前にじっと立っていた。

 

何だか、アカペラの課題曲がせかせかしていた。

 

「そんなに慌てなくてもいいのに」

 

とSさんは言った。加工は許されないので、時間も6分以内で終わらなければならない。私はシニアの部なので、課題曲は「早春賦」だった。家では、1分15秒で終わるようにしていた。自由曲は、三連での「タイスの瞑想曲」。家では、カラオケで練習するので時間は寸分違わない。6分以内で出来て、15秒前には終わるように練習していた。

 

1発で終えようと思っていたが、そんな習慣でか「早春賦」がせっかちになったのがよく分かった。

 

「これではよくないですね。もう1度お願いします」

 

時間があれば、ぎりぎりやれると思ってはいけない。ステージなら1発で終わりだからだ。

 

「そんなに速くならなくてもいいと思うけど。やれば切りがないから、これで最後です」

 

そう、Sさんは言った。アカペラの「早春賦」は、ゆったり吹こうと思った。ヒントや忠告を貰ってそれを実行する事が、大きな進歩へと繋がる。

 

「タイスの瞑想曲」の伴奏が鳴り始めた。普段より強めに吹き始めた。集中するように努めながら吹いた。音を1音でも間違えたり、変な指遣いになったりしたらお仕舞だ。けれど、緊張する事は内心許されなかった。この伴奏はカラオケではない。カラオケが如何に単調なリズムを刻み面白くないかを改めて思い知った事だった。今日来て、今日緩急を表しながら演奏する事の大切さと素晴らしさを思った。余り長い時間ではなかったが、改めて生のコラボの素晴らしさを教えられた気がした。

 

「最初のより、この方がよくなっていますね」

 

そう言って、スマホの音を聴かせてくれた。なんてスマホの音は素晴らしいのだろうか。私は、ガラケイとおさらばをして、スマホに替えなければと確信した。

 

「言って置かなければならない事があります。このスマホは2年位前のもので、バージョンアップしなければ事務局に送る事が出来ません。私が勉強してギガファイル便にバージョンアップしないと届きません。頑張るけど、駄目だったらごめんなさい」

 

今まで打ち込んで来た私には、それも仕方のない事かと諦めも覗いた。だが、それでは余りにも悲しかった。Sさんの結果待ちとなった。恐ろしい程忙しいSさんだ。私の思いとは比重が違うだろう。

 

工事中の人達が、迷惑を掛けたと私に挨拶してくれた。いい人達だなと、私は思いながら、あのゲートを入って行った。電車の来る音がして、階段を脱兎とまでは行かないが急いで上った。電車のドアが開き、私は飛び乗った。

 

こんなに美しい音でスマホには入るのか。オカリナの音が綺麗に入るのはCDを聴いても中々ある事ではない。記念の動画になるだろうと思った。事務局に届こうと届くまいと、自分の手元に残したいと思った程だ。

 

地下鉄名谷駅まで行く事にした。力が抜けていて、どうしても生ビールが飲みたかった。垂水飯店に入り、そのほかに酢豚を注文した。美味い! へなへなになった。美味い! すぐそこはバスターミナルだ。私が乗るバスが、もう待っていた。乗ると、間もなく出発した。

 

取り敢えず、動画に出来た事で安堵感があった。もう、何もする気はなかった。

 

10月1日になった。今夜は仲秋の名月だと言う事は前から分かっていた。今、朝を迎えたばかりだった。

 

9時を過ぎた頃、携帯が鳴った。オカリナコンクール事務局からだった。

 

「動画、届きましたよ」

 

えっ? 半信半疑だった。届いている? Sさんが、バージョンアップの勉強をして、動画を送ってくれていたのだ。

 

「事務局から電話がありました。動画届いているそうです」

 

すぐにメールを送った。

 

「第5週だったから教室やピアノ伴奏もなく、凄くパソコンでやり方を読んで頑張りました。事務局には届いたか聞いてみました。お知らせしようと思っていましたが、届いていて良かったです」

 

メールが返って来た。

 

凄く頑張ってくれたと思い、感動した。締め切りは、実は11月10日だから、まだまだ研究する日はあったのだ。驚きの中の安堵感を、しみじみと感じていた。

 

仲秋の名月と満月は大抵同じ日なのだが、10月1日は仲秋の名月だけれどまだ満月にはならず、満月は2日の朝6時10分頃だと認識していた。

 

1日の真夜中に玄関の戸を開けて空を見た。何と美しい月だろう。名月と言われる由縁だ。じっと見つめながら体を動かして空に反り返ると、そこにはオリオン座が見えた。他の星も、チカチカと瞬いている。暫く見てから布団に入った。

 

3時過ぎになり気になってまた外に出た。寒い。こんな感覚になったのは今年初めてだ。やや南に移動していた。そう思うからなのか、動画が届いた安ど感からなのか、殊更に小さな月は美しかった。火星がやや離れた所に繋がっていた。赤い色をしていた。

 

NHKラジオ深夜便は昭和の歌声を流していた。軈て4時になり、ニュースが終わると左手のピアニスト舘野泉さんの話があった。これは聞かないとなと思い聴いていたが、最後の方は眠っていたようだ。軈て5時30分頃になり、又外に出て見たが、何処にも月はいなかった。着替えて車に乗った。凄く大きくなった月が美しかった。写真に撮ろうと思い、家に帰った。ガラケイを持って再び、あの流れ星を見たカインズの駐車場に歩いて上った。車はその道路に横付けにして。

 

ああ、何と言う事だ。群雲の間から顔を見せる体たらくだった。他の場所に移ったが、それで綺麗に見える訳でもない。そこでは、月は見えなかった。もう満月(6時10分)に近い時間だった。またカインズに戻った。全く見えなかった。完全に雲に隠れてしまっていた。

 

3倍も大きく見える月も、山や建物が近いと錯覚で大きく見える事は分かっている。まさか月が大きくなる筈はない。だから、大きいと思って写真に写しても、小さな月と同じ様に小さく写るだけだ。それでも、瞬間的にだったかも知れないが、それはそれは大きく美しく、殆ど満月だった。

 

あの動画が、まるで満月、いや名月のように思われた。やった事はないが、団子を供えて動画が届いた事に感謝の気持ちを表したいと思った。きっと私の事だ。団子はみたらし団子。それも、日本酒を飲みながら、あてになって行く事だろう。抓んで口に入れている自分が、透けて見える。

 

今日(2日)は十六夜。なんて美しい言葉だろう。明日は立待月。立って待つ程月が出るのが遅くなると言う意味だ。なんて豊かな言葉だろう。