玄関の上に、わりとよく見る直方体の届け物があるのに目が行った。「誰からだろう。誰にだろう」。それは2人のオカリナを練習している女性からで、私にだった。これにはコロナ禍が関わっている。いつか落ち着くまで休ませて欲しいと言うのと、退会すると言うものだった。
こんなに長く続いているコロナに、私も身も心も萎え始めていた。5月6月にも、お世話の中心になっている男性から相談や連絡が入った。その人Kさんはオカリナが大好きで、今にもやりたいと言う風だった。だが、皆からは「まだ練習する気になれない」と言う返事が返って来たそうだ。私だって、気は乗らなかった。あんな狭い部屋で、最近流行の言葉ソウシャルディスタンスは、とても取れない。
Kさんから要望されて初めてオカリナを教える事になったのが2013年6月14日の事だった。その時から、退会すると言ったSさんは、それはそれは頑張って練習して来た。何しろ初めてだったのだから。いつとは分からない自分の気持ちが皆の迷惑になるからと、苦渋の決断を下したのだった。真面目で穏やかで兎に角素敵な人で、最近はお孫さんに聴かせたいと「パプリカ」を練習していた。
Oさんは2015年12月13日から一緒に練習し始めたが、私が明石海峡大橋の孫文の建物の前と言うか広場の方でオカリナの演奏をしていた時、「宗次郎が吹いている」と思ったらしい。その時丁度「故郷の原風景」を吹いていた。この曲は特に、彼のCD伴奏さえあれば誰でも宗次郎の音に聴こえるのだ。
私の演奏が済むと「どこかで教えているのですか」と聞いてきた。何人か一緒に練習している人も来ていたので、「話を聞いてみて下さい」と言って紹介し、暫くして私は帰った。
そのOさんが、それから間もなく練習の場所に姿を現した。彼女も、オカリナは初めてだった。この人は習い事が多く、しかしどんなものでも極めようと努力する人だった。皆も努力はしている。していないのは、私だけだ。Oさんの書道の腕は素晴らしく、その腕は師範級と言ってもいい。二胡も素晴らしい音を奏でる。1度持って来て貰って、皆は聴かせて貰った。
彼女は伴奏CDを持って来ていたので、2人で二胡とオカリナのコラボをした。「昴」だった。そんな楽しい思い出もある。音楽性など、私とは比べられない程の素質を持っている。もう、誰かに教えられる実力は十分だ。
彼女は、今とてもオカリナに嵌まっていて、楽しくて仕様がないそうだ。コロナに関して家庭でのお許しが出たら、また通うと言う事だった。これなら、2人は仲良しになっていたので、Oさんが戻ればSさんも再びやり出すかも知れないと、楽観的な気分になった。Oさんだって、私なんぞより凄い指導者は五万といるのだし、退会してそちらに行く事だって考えられたのだ。
7月は2回ではなく、1回だけ。8月然りで、今はそんな流れになっている。重い腰は昨日の卓球で上がった。オカリナの練習も首をうな垂れているばかりだったが、きっと楽しいと思われるプログラムが頭にある。15日は、どんな顔をして会えるかな。
長い長いブログの癖は、誰にも喜ばれない。キーを打つ指だけが先へ先へ行き、終わらせてくれない。下手をすれば内容も支離滅裂になってしまう。ああ、今日もまた房総半島か。
全然タイトルの領域に入って行けないでいた。こんなに長いブログなのに。と言う事で、初めてタイトルに迫りたい。多分、数行で終わる事だろう。
このSさんとOさんが、お酒を送ってくれていたのだ。「お礼」と書いた日本酒を。だが、私はぶっ魂消た。その酒に。悲しい酒ではなく嬉しい酒ではあるけれど。
伏見の酒で、純米大吟醸「招徳 延寿万年」と言う。720mlだから、1度に飲む事も出来なくはない。しかし、このお酒は35%まで磨いた山田錦を使用し、洗米から搾りに至るまで、全て手造りで醸した逸品なのだ。恐れ多くて、1合さえも勿体なくて飲めない。ああ、どうしよう。ちょっとだけ飲もうか飲むまいか。暫く誰か来るまでとって置こうか置くまいか。また、私の悩みの虫が目の前に浮遊する。
この「延寿万年」は、黒色の箱に入り、紫色の寝床に光沢のある渋い桃色の冠を被って寝ていなさる。起こしちゃならねえと思いながら、何度起こしてしまった事か。どこかに隠して置けば、暫くは忘れている事だろう。だが、そこまで私は意志が強くない。今晩が山だ。ちょっとぐらい、ちょっとぐらい。それには屁理屈も要るだろう。
昔、朝日新聞の4コマ漫画「サザエさん」を見た時に大笑いして、それが今も忘れられないでいるものがある。カツオ君が机に向かって勉強をしている。教科書の歴史の部分を声を出して元気に読んでいる。サザエさんは不思議そうな顔で、冷蔵庫に買って来たアイスクリームを入れる。横目で見るカツオ。何が入れられたかを見逃すカツオではない。冷蔵庫の中が気になって仕方がないカツオは、大きな声で教科書を読む。「その時、藤原のかたまりは・・」。
餌を前にして「待て」と言われている犬とカツオが重なり、「延寿万年」を前にしてどうしようかと固まっている私とが弥が上にも重なってしまう。
因みにこの招徳酒造、正保2年つまり1645年に始めたそうな。これは、恐れ多くも私の頭の中をかき乱す、罪作りな女性2人からの贈り物だった。