中々腰は上がらない。だが、私はコープ卓球に出掛けた。踏ん切らなければ、いつまでたっても始まらない。
7月から再開された。1台の卓球台に5人を超えるコープ卓球の其々の会場の場合、2班に分けると言う話だ。私達の場合は、2台の卓球台に11人以上の会員がいる。それで2班に分かれ、第1第3日曜と第2第4日曜に分かれた。私は1班だった。
体温を測って行く。マスクをして行く。消毒液で手を洗う。換気をよくする。30分早く終える。そう言った条件だ。
何故かみんな新鮮な顔をしていた。
「皆、痩せたんじゃないですか」
私の最初の印象だった。
「コロナ太りで太ったのに、そんな事ないでしょう」
だが、私には皆スマートになったと思われた。それだけ久し振りだったのだ。
100日以上休んでいたので、変わった所は、ラケットのボールがラケットに当たらない所だった。ダブルスの練習は密接になるから駄目だったが、先生とは1台を2人で出来て楽しかった。
先生は、滅多に言わないのに今日は、
「くそー」
と言った。
「先生が、生徒にそんな言葉を発したらいけませんねえ」
と私は言って皆も笑ったが、これも言葉の遊びで、どちらもそれを楽しんでいる。私と先生の実力はよく分からないが、いい勝負かそれとも先生の手加減か。
終わると、片づけをし手を消毒して、速やかにその場を離れた。次は2週間後だ。
娘がTVで観ていて、今日(5日)垂水区で、30代の男の先生が感染したと言った。いつどこで感染するか分からない。こんな近くでも。出雲に帰らない決心をして良かったかなと思った。
卓球は午前中で終わったが、午後6時30分からのテレビ、「池上彰の緊急生解説“人類VS.コロナ危機”どう第2波に備えるか」を今観ている。ジョニーウオーカーがなくなったのでニッカウイスキーと炭酸水を買って来て、それを2杯飲み、その後頂いたゑびすビールを飲みながら。
最前線の医師が陽性になってからの格闘が凄まじかった。高齢者であれば、命を失っていただろうと思われる。若くて元気なこの医師は、様々な手を尽くされて、死なせてくれと言う程の苦しみの19日間の淵から快復した。
医師や看護師さんの、最前線で患者の命を救う仕事をしている方々の使命感が尊く、眩しかった。改めて医療関係の仕事の過酷さを思った。
全くコロナの話は飛ぶが、医師との出会いは運命とも言えるかも知れないと思った。誰に診て貰うかは、略避けられない事でもあるからだ。初めて医師になった人に診て貰うのか、またはベテランの実力のある人に診て貰うのか。これだけは、殆どが運命の如く避けて通れない。この為に、患者は生死を委ねる事もあるだろう。
しかし、医師も人である。どんな仕事でも、最初はインターンから始まると思ってもいい。それは皆が歩む事なのだ。ただ、自分や自分の力や現実をどう思っているかに掛かっているようだ。飽くまで自身を信じて最善を尽くすのはいいとしても、その状況を明確に判断して動いて頂ければ、それが患者と正対する姿だと思う。コロナとはちぐはぐな内容になってしまったが、何故かそんな事も頭に浮かんで来て、書いてしまった。
医療関係の方々の過酷さを思い、ただ無力の私は、感謝するしかないのだ。
今、ウイスキーの炭酸割に嵌まっている。酔っ払う為ではなく、1、2杯は、肩から力が抜けて行き、リラックス出来るのである。だから、不謹慎だとは思わないで頂きたい。
コロナ禍を肯定する気は更々ないけれど、このコロナ禍から今までに考えなかった事を考えた事は、私に取っては大きな反省と発見でもあった。ぶれた考え方の幅が船酔いするほどの幅から小さな揺れになったような感じになったのは、不思議な体験でもあった。
私の住んでいる同じ区内で、今日コロナの感染者が出た。たった1人でも、それは怖い。