読んで楽しいものではない。ただ、自分の為にだけ、記録しておきたいと思った。今回のような不安と恐れを感じないように。

 

久し振りのブログだが、それでも来て頂いた興味のない方々が早めにスルーされるように、記載事項だけはすぐに書いて置こう。

 

内視鏡的大腸ポリープ切除術を受ける日が今日(4月7日)だった。序でに胃内視鏡検査も一緒に受ける事になったので、タイトルが「ダブルヘッダー」。

 

3月30日に、大腸検査では有名なS病院に行った。気が付いた時は、以前ポリープを取って貰った時から5年が過ぎていた。その時は、今度2、3年したら来るように言われていた。いつ行ったかなど、しっかり覚えてもいず、記録さえしていなかった。実際はもう7、8年は経っていると思った時、恐怖が襲って来た。ポリープは放って置くと癌化すると言われていたからだ。だが、2、3年したらの言葉とか、もう少し育ててから来るようにとかの言葉が、私の脳内を暈していたのだ。

 

また、以前の時一緒になった貴婦人が言った言葉に、ある種の安堵感みたいなものが漂ってしまっていたのかも知れない。

 

「私は、もう10年位来ていませんわ」

 

内心驚いたが、そんなものかと刷り込まれてしまっていたのだ。

 

新型コロナウイルスの世界的広がりの中で、また3密(密閉、密集、密接)まで言われるようになり、今日緊急事態宣言が出されるようになった昨今、その始まりの辺りで大腸検査の事をはっきりと思い出したのだ。「もう7、8年経っている。10年過ぎていたらもうどうし様もない」と、自暴自棄の状態のなかで体中が強張った。でも、選択肢は、病院に行く事しかなかった。

 

3月30日は、マスクをしてS病院に行った。受付で恐る恐る聞いた。

 

「この前来たのは何年前だったでしょうか」

 

恐る恐るは確かだったが、一か八かの掛けのような一面もあるにはある。宣告を受けるようでもあり。

 

「5年前ですね」

 

「ああ、そうですか」

 

まだ5年しか経っていなかったのかと思うのが、本当の所だった。だから、本当は恐ろしい年月が過ぎて行っていたにも拘らず、思っていた年月よりも短くほっとして、力が1度に抜けて行ったと言うのがその時の気持ちだった。

 

 

4月7日(月)は、9時からの予約だった。案内のパンフレットは詳しく書かれ過ぎていて、5年前にやった同じ事が思い出せなかった。ぺっとボトルに入った水は3本持参した。大腸内視鏡検査を受ける人達は、少しずつ集まって来る。年齢の幅は広い。

 

モビプレップが2リットル入った袋と紙コップが手渡された。待合室のテーブルの上でこれから始まる事をやろうとしている人もいれば私のように部屋に2つあるブースの1つに導かれ、これからやる事を開始した。今回は誰かと話す事もなかったが、隣の衝立だけのブースには、背中だけが見えたり見えなかったりする、黒い服を着た女性がいた。

 

モビプレップをコップに入れて、1杯あたり10~15分かけて飲むのだ。最初の1杯目で白い錠剤(モサプリド)も飲む。腸の働きが良くなる薬だ。今回は何故か10分かけて1杯を飲めばよかった。

 

1リットル飲むのに約1時間掛かる事になる。このブースにある部屋にトイレが4つある。ブースの隣りがどんな人か気になってちょっと体を反らして右を向いたが、その女性も同じく私の方を向いた。どちらも一瞬驚いた。気恥ずかしくなって、それからは1度も見る事はなかった。トイレに行き出すようになる前までは。

 

1時間経っても催しなかった。心配になったが、この前もそんなだった事を思い出していた。

 

「中々催しませんね」

 

貴婦人も、もう恥じらいを捨てて笑いながら言った。

 

「ええ」

 

と。

 

1リットル飲むとまた、今度は水で錠剤を飲み、その500mlの水を30分程度でゆっくり飲むように指示してあった。それから、後1リットル残っているモビプレップを500cc、30分掛けて飲む。

 

その辺りで、トイレに行く人がぼちぼち出て来て、私も催して来た。入って、鍵をかけ、流して、出る。手を洗う。座る。また飲み始める。と言うルーティーンとなる。待つ事はなかった。自然と、かち合わないような流れが出来た。

 

隣りの女性の顔も、手を洗ってこちらに来る時に見える。見えない時には気になるが、見えた途端、まったく気にならなくなった。こんな所で気になっても、どうしようもないのだ。

 

色が1から5段階あり、水分だけになった時の色が略透明な水のようになったら5段階目で、服用終了となる。

 

この500ccを飲み終わると今度は水を250cc15分掛けて飲む。そこまでに私は7、8回トイレに通った。誰が入ったとかそんな事全く気にならない。早く入り込まないと、その漏れ方は尋常ではない。モビプレップも最初は白ワインの味を感じ乍ら飲んでいたが、もう飲みたくなくなっていた。何故って? 1.5リットル飲んで、水まで750cc飲んでも酔わないんだから。一升瓶以上飲んでいるのになあ。

 

5段階になったと思ったら、トイレの内側の呼び出しボタンを押して看護師さんを呼ぶ。そこでOKかNGの言葉を貰う。言ったり来たりする人の往来も段々少なくなって行ったが、まだまだの人もいるし、通う回数が半端ない人もいた。いつしか隣りの女性が消えた。その後、私は消えないが、外に出て名前を呼ばれるのを待った。ブースは、程よい暖房が効いていたとその時思った。

 

看護師は皆優しくて、説明も気持ち良く聞けた。胃の内視鏡検査の事が気になっていた。何時に何処でするのだろうと。しきりに看護師が胃の検査の事について話しかけて来る。腑に落ちない。私も、手術の服に着換えた。寝台に横になった。マウスピースがどうのこうのと言っている。

 

「それでは、今から胃の中を観て行きます」

 

優しそうなH先生が言った。

 

「胃の検査はした事がありますか」

 

「いいえ、初めてです」

 

喉にスプレーを掛けた。痺れて来たので、麻酔だなと思った。睡眠剤の投与は、私は止めにした。モニターが観られなくなるからだ。

 

「唾液はそとに吐き出して下さい。飲み込まないようにして下さい」

 

看護師が言った。

 

「内視鏡が喉を通る時が一番苦しいです」

 

とH先生は言った。

 

30日の日の相談した医師が実は胃の検査を勧めたが、その時は、

 

「胃の検査は、大腸検査より楽だと他の人は言いますよ」

 

と言われて少し安心していた。

 

「おえっ」

 

「ここが1番苦しいので、我慢して下さい」

 

抉れるような吐きそうな瞬間だった。それからげっぷのような声が、何度も漏れた。

 

医師の言葉を聞いていると、すぐに治まった。それでも、そんなにいい気持ちはしない。

 

「はい、楽にしましょう。大きく息を吸って。癌は心配しなくていいですよ。以前、ピロリ菌が悪さをした跡がありますね」

 

話を聞き、モニターを観ている間に終わった。最初3分位だと言われていたが、

 

「嫌な思いしましたね。3分より長くなりました」

 

と医師は言った。それから続けざまに看護師が、

 

「今度は大腸の内視鏡検査をします」

 

と言って、寝台を上下反対にした。再びH先生がやって来た。

 

「痛いですか。お腹が張っていませんか。今、腸の中を曲がっています。痛くないですか。痛くて済みません」

 

私が観て貰っているのに済みませんなんて言われると「痛い」なんてとても言えない。麻酔もしないでやって貰っているので、それはそれは気持ちも悪ければ、痛い時は痛い。だが、私は辛抱しなければと思った。

 

「そんなに痛くないですよ。大丈夫です。うっ」

 

「ここが大腸の一番奥です。ここに大きいのがありますね」

 

「癌ですか」

 

「どっちとも言えませんが、これは電流を通して切除しましょう」

 

画面には、ものすごく大きなポリープが写っている。

 

「1センチ以上になると危ないです」

 

それからもう1度奥を確認してから、内視鏡を少しずつ引き出して行った。

 

「ここにもありますね」

 

「よく見つかりますね」

 

「沢山観ていると、すぐ分かるようになります」

 

「これはどのくらいの大きさですか」

 

「これは5ミリ位です」

 

それでも画面では大きく見える。看護師さんに輪っかを広げるように指示して、適当な所を縛り、焼き切る。

 

「はい、取れました」

 

てな調子で、幾つかが取られて行った。

 

「痛かったですね」

 

「いえいえ、とんでもありません。ありがとうございました」

 

そうして、終わった。9時から2時半頃まで掛かった。1度に2つの検査で、しかも内視鏡検査と切除は初めての事である。胃の検査と大腸の検査。同時に行った事で腑に落ちたのである。

 

結果は2週間後だ。予約を取って、会計を済ませ、外に出た。

 

皆、どうしてこうも優しくなれるのだろう。医師も、看護師も、スタッフも、皆優しかった。それは、経験と自信がそうさせるのだろうか。ひょっとして、自らの滲み出る誇りなのかも知れないとも思った。

 

そらの色は雲もなく青く。ただ、コロナウイルスが、ここにもちらほらといるのではないかと思ったりした。1年前との余りにも替わってしまった世界的なコロナ事情。こんな日に、7都府県(東京、埼玉、千葉、神奈川、大阪、兵庫、福岡)に緊急事態宣言が出された。4月7日から5月6日までと言う。考え方や生活事情の違う人達の数多いる中で、世界の、日本の、兵庫のコロナ事情はどう動いて行くのだろうか。

 

 

絶食をしていたお腹に色々詰め込んだら、夜になって今頃お腹が調整されているのだろうが、グルグルグーと、音を鳴らし始めた。思わず焼酎に手が向かいそうになる。ポリープ切除の後、合併症の予防の為に1週間飲まないようにと言われた。

 

1日も早いコロナウイルスの終息を、皆で力を合わせて願おう。祈ろう。助け合おう。だが、1人ひとりを思うと、誰にも分らぬ先行きに、心が痛い。