シマさんの三線教室が他の教室とも一緒に楽しんでいる、つまり新年会が尻池の或るセンターの一室で行われた。30人位の集まりで、そらの陽さんも一緒だが、オカリナ吹きが輪に加えて貰ってから久しい。
場所もいつもの所と違っていて分からないので、新長田駅で待ち合わせをして7人程でバスに乗り、降りてから少し歩いた。
この部屋も、十分広くはなかったが凄く狭くもなかった。皆コの字型に並んだ。
1時からだが、皆が揃うまで結構待った。だが、待ち草臥れた人達(私達もそうだが)もいて、もう始めようと言う人あり、1時からだからそれまで待とうと言う人あり。この時12時45分だった。
「練習しよう」
誰かが言った。よく使われる常套手段である。誰も反対はしない。アサヒスーパードライがなみなみと注がれた。野球場で観戦する時のあの大きな紙コップだ。三分の一はスーッと腑に落ちた。
他の教室の師匠が、自分で釣った魚を刺身にして持って来ていた。生きのいい色だ。シマさんと私は並んで座っていた。この日(26日)は千秋楽の日で、まだ優勝力士は分からない。今は27日だから、勝った力士は幕尻の徳勝龍と分かっている。彼は「自分なんかが優勝していいんでしょうか」と言って館内の爆笑を誘ったが、徳勝龍の人柄がとてもよく分かった一コマだった。長くなったが、それが言いたいのではなく、その言葉を自分が座った席に重ね合わせていた。「自分なんかがこんな前に座っていいんでしょうか」と。
刺身が美味くて、美味しそうな弁当はそのままで、最後まで食べなかった。家へのお土産にしようと思って鞄に入れて持って帰ったのだが、気が付いたのが今朝だった。流石に食べない方がいいと感じ、残念ながら廃棄した。
また、主題から遠く離れて行った。ビールが終わってからシマさんは黒糖焼酎「島のナポレオン」のお湯割りを飲み始めた。私もあの大きな紙コップにシマさんが注いでくれて、飲んだ。美味い焼酎で、何の抵抗もなく喉元を過ぎる。
私は少ししか飲めない体質だ。飲める人はウイスキーでも1瓶位は軽々飲めると言う。ワンフィンガーの水割りでも私は3杯位が丁度いいだろう。飲める人と同席は出来ても同じ様に飲む事など地獄に真っ逆さまだ。
その時は大袈裟に言えば水の様に感じられた。私のジャイアント・ペーパー・カップが空になったと見るや、シマさんがまたお湯を入れ、「島のナポレオン」を注ぐ。釣りたての刺身に酢味噌を付けて食べるから、更に美味い。
三線の音が響き、唄も聞こえる。そんな中でまた薄いカップの縁が揺れる。もう飲むまいと思いながら、一先ず飲み干して、テーブルの左方向に置く。それをシマさんがまた見付ける。
彼の3倍位早いペースだ。彼の相方のMさんも回って来て、注ぐ。後から気持ちが悪くなるだろう事は長い経験で分かっている。それでも、入っていると口にする。なくなると略満タンになっている。最早頭が回らなくなっているのかも知れない。
ついこの間、認知機能検査を自動車学校で受けて来て、3日後に結果が送られて来たが、これは異常なしだったから、これが原因でもなさそうだ。
オカリナを吹く番になった。そらの陽さんに1人で吹いて貰おうと思ったが、コラボ曲を3曲吹く事にしていたので、前に出た。最初に勝手に他の曲を吹き、次に2人でデュエットで3曲吹いた。3曲目は譜が良く読めなくてそらの陽さんの音を止めてしまった。もう1度止めた。多分でたらめだったと思う。よく分からない。
「もう、間違ったりして済みません。お詫びに1曲吹きます」
と言って、「シルクロード」をトリプルオカリナで吹いた。聞いている人も、もう結構と思っているかも知れないのに、それさえ認知出来なかった。おまけに、呂律が回らなかった。認知機能ではなくて言語機能がどうかなったかと思ったが、それが分かっているだけまだマシか。
暫く三線の音と唄が響きを取り戻していたが、なんともそらの陽さんに悪かった。いつもにこにこしてくれているので少しは気分も和らいだと思うが、こんなに飲んでいるので、和らいだ事さえ気づいてはいない。そらの陽さんのオンパレードで良かったのに。
4時半位だったか、楽しく閉会した。こんな状態でも私も楽しかった。酔ったとは思っても見なかったが、ドーパミンが頭の中で弾けていたのだろう。
次、つまり希望者は2次会に行く事になった。孫悟空と言う店。シマさん夫婦は帰ると言ったが、私が呼び止めた。シマさん中心の会なのに、これではなあと思い。
タクシーで行った。カウンターには常連さんが何人かいた。私達は反対側の座敷。10人いたかどうか。普段なら人数は数えてみるのだが。
「何にする?」
誰かが聞いた。
「トマト酎ハイ」
と私は言った。数人がそれに倣った。何故かそれも拒否せずに飲めた。
数人は人が違ってはいるが、このメンバーで、ここで、12月末には忘年会をしている。その時のように豪華ではないが、美味さは絶品だ。その片鱗を感じさせてくれる小皿が並んだ。
前にいた女性が、透明なアルコールを持ちながら、
「次は何にする?」
と聞き、
「それと同じので」
と答えた。やっぱり呂律は回っていそうになかったが、こんな事は初めてだ。気分が悪い訳でもなかった。もう止めた方がいい、とも思わなかったのは、きっと思考が停止していたのだろう。笹船が川を流れているように。
それでも、歌を歌ってしまった。谷村新司の「群青」と言う歌を。恥を知らない者のように歌った。
帰る時間が来た。
そこからの記憶は薄らいで、どのようにして家まで帰り着いたか分からない。かつて自分の適量以上に飲んで気分が悪くなった時は、それ以後の事は分からなくなった事もある。しかしこの時は孫悟空以後は、思い出せない。1人で帰ったが、プラットホームから落ちていなくて良かったと、身震いしながら思っている。
ただ、忘年会の時に私のオリジナルの拙いCDを買ってくれた他の教室の師匠IさんとFさん。そのIさんがこの新年会で会った早々、私に「あのCDはとっても良かった」と言ってくれて、呂律の回らなくなった勢いで皆に宣伝してしまった事。いつも思うが、プロのコンサートでもCDを買う人が少なくなったと思うし、私なら特には買わない。
それなのに、タクシーを待っている間、初めて会う昨年から仕事をしていると言う22歳の初々しい青年が、CDを買ってくれたのだ。本当はただで上げたい位だが、かつて皆買ってくれているので、喜んで買って貰った。鞄の中には大抵2、3枚入れている。
「音が綺麗だったから」
その初々しい青年はそう言って・・。
酔って吹いたオカリナ。そんな音でもこんな事を言ってくれた。多分、それはオカリナそのものが出す音を感じてくれての事だっただろう。私は、とんでもない事をしたと思った。まあ、こんな飲み会なのだからそれもあるにはあるが、ここまで飲んでから吹くのは聴いてくれる人にも、何よりもオカリナに悪いと思う。次からは、状況がそうであっても、それなら飲み過ぎないようにしなければならないと思った。肝に銘じたとはとても言えない。言った事を守れない時が私にはあるからだ。だが、極力そうしたい。プラットフォームから落ちない為にも。
この青年、私と同じ区内に住んでいると言った。またいつか会えるだろう。「あの時の音の方が良かったです」なんて言われたら、心は折々になるに違いない。