2019年、12月8日、午後5時。お爺さんが、すくっと立っている。まるでミーアキャットみたいに。でも、お爺さんだから首の線がほんの少し崩れ、カーブしている。1933年生れと言うから、86歳になっているのだろうか。
ラッセル・フェランデなんて呼び捨てにするけれど、その辺は愛嬌として恕して欲しい。(以下の人物も全部そのように扱わせて頂く)。1952年カリフォルニア州生まれで、ピアノ担当だ。高校生の頃R&Bに興味を抱き、21歳でプロとして活動を始める。89年にはグラミー賞を受賞している。
養父貴。1969年市川市に生まれる。1988年に米国バークリー音楽院でギターと作曲、編曲を学ぶ。音楽関係紙への執筆も多く、教則本や音楽理論の本などの出版物が好評を博したそうだ。
ベン・ウィリアムスはベース(コントラバス)を弾く。1984年、ワシントンD.Cで生まれる。本格的な音楽教育を受け、2009年、私にはよく分からないがセロニアス・モンク・コンペティションで優勝している。2013年にグラミー賞を受賞。
ピーター・アースキンは1954年にニュージャージー州に生まれ、4歳からドラムスを始める。グラミー賞は2度受賞している。ベルリン・フィルなどのオーケストラにソリストとして客演する事も多い。モダン・ドラマー誌読者人気投票で10年連続1位を占めている。
以上、パンフレットの書き込みを少しずつ抜粋して載せている。
この4人のメンバーでジャズが演奏出来ない事はない。だが、1人中心人物なる人を敢えて書いていない。ここで誰か分かる人も結構いるかも知れない。
最後に、4回まで略満席の兵庫県立芸術文化センターの大ホールのステージにこのお爺さんは好々爺に姿を変え、背中を丸めてお辞儀をした。
パンフレットは語る。1933年に宇都宮で生まれた。バークリー音楽大学への留学等を経て、日本を代表するトップミュージシャンとして、ジャズの枠に留まらない独自のスタイルで世界を舞台に活躍。海外に於いても精力的に演奏活動を行う生涯現役プレイヤーのその姿は、世界中の老若男女に勇気と感動を与えている、と。
静かなジャズ。例え方を私は知らないが、確かにジャズではある。しかし、何だか何処かが他のジャズライブなどとは違うのだ。それはきっと、この好々爺が長い間に創造したものに違いないと考えられる。このお爺さんの演奏は、枯れているのに澄んでいる。その音を、自ら作り上げていたのだろう。
私はジャズに詳しくはないが、聴いていると心地いい。どれ1つとして知っている曲はなかった。最後のアンコールが4曲用意されていたが、その中に1曲だけ、よく知ったのがあった。
激しい若者のようなジャズではなく、洗練された音を秘めていた。好々爺を入れて5人の演奏が、皆其々が演奏領域を守りながら、正確でリズミカルで自らをくっきりと際立てていた。
演奏曲名は何処にも書かれていなかったので、ここに書くのも帰り際に貼りだされていた曲群を携帯に撮り、それを書いている。
1部が1時間。休憩が20分。2部とアンコールで、5時から始まり、終わったのが7時35分だった。
初めから終わりまで、渡辺貞夫はサキソフォンを吹き続けた。上手に歩いて行き、4人の姿を見せる配慮。澄んだ音色や息遣いは、アルトサックスでもソプラノサックスでも同じだった。
どちらも良かったが、1部より2部の方が曲想も違い、私にはより多くの静かな感動を与えられた。それはあのジャズではあるが、表現に困るけれど激しくはなかった。音も素晴らしかった。3階の一番後ろの私の席まで、しっかりと伝わって来る。サキソフォンの管を通る音のさざめきが聞こえる。魂が音になり、静かに感動を与える。
2部の最初のSCENERYは、ジャズではあるけれど、まるで演歌のように聴こえた。
NOT BEFORE LONGは悲しい響きだった。86歳の彼には大きなエネルギーが要るだろう。自らを鼓舞している所すら感じられた。自分の事を思って最近書いたと言った。
ピアノとキーボードを交互に鳴らす音は明瞭で、よく響いた。ギターの音も然りだが、私は学生時代その音に不思議なまでの揺らぎを感じていた。堪らない哀愁のある音だった。だが、この日は全くそんな感じではなかった。1階の前の方の席だったら、もっと違う音がしただろう。音量や響きも含めて。でも、あのエレキギターの哀しさは、ここにはなかった。
ベーシストは渡辺貞夫が今1番信頼を寄せていると言う程あって、素晴らしい指の抑えと弾きだった。ベースでの速いパッセージは驚きだ。1人ずつ音を続ける場面がいくつかあったが、其々が素晴らしかった。オーケストラでは聴こえない程の音が、ここでは大きく、正確に鳴っている。低い響きで。
ドラムスは淡々とそのリズムを刻んでいる。まるで自分が楽しんでいるかのようだった。乱れた所や荒っぽい所など、微塵もなかった。5人の情感は、1つに纏まっている。まさに「One Team」ではないか。
1stSet
■ROUND TRIP
■PASTORAL
■TOKYO DATING
■EARLY SPRING
■I THOUGHT OF YOU
■DEESERT RIDE
■RIDE ON
■SEVENTH HIGH
2ndSet
■SCENERY
■DOWN EAST
■CYCLING
■NOT BEFORE LONG
■STRAY BIRDS
■WARM DAYS AHEAD
■MANHATTAN PAULISTA
■CHRISTMAS DREAMS
アンコール
■SMILE
■花は咲く
■MY DEAR LIFE
■BLUN’ BOOGIE
何度も出たり引っ込んだりしないのは、今日の場合はとても良かった。アンコールの3曲は最初から決められていたと思うが、4曲目は手書きだったから、これはその時に特別に演奏して貰えたものだったに違いない。この日の集大成ででもあるかのように、アンコール最後の曲はとても満足させた。これをもう1度聴きたいものだと思った。1人ずつのソロもあり、これぞジャズと言った雰囲気もあり、ずんずん心に入って来るのだった。
ホールが明るくなり、全てが終わった。3階から階段を下りて行く間、このBLUN’ BOOGIEが心地良く満足感を感じせしめていた。まるで、扇の要と言えた。
聴衆も熱狂はしなかったものの、惜しみない拍手をした。これは、この凄いメンバーに対してのみならず、渡辺貞夫。ミーアキャットのようなお爺さん。最後に至っては、まさに好々爺に捧げる敬意と感謝の気持ちだったのだ。私も元気を貰った。かつてニニロッソのトランペットがそうであったように、渡辺貞夫のサクソフォンも確かな個性の音。聴いただけで分かる程の忘れ難い音、忘れられない音として、心の一隅に畜音されて行く。