24日の神戸は夕方から雨。明日は雨。そんな天気予報だった。帰りは遅くなると思っていたので軽過ぎる折り畳み傘を鞄に入れた。

 

朝9時前に生田会館の、大きな通りの手前に差し掛かった。シマさんが奥さんと信号待ちをしていた。セブン・イレブンで奥出雲の天然水を買い、リポビタンDを買って飲んだ。これを飲むと数時間後には体が熱くなり、気分が高揚する。顔も紅葉する。

 

9時から開く筈の玄関の扉も、大ホールも開いていた。午後1時から、気まぐれ音楽集団「YOSOMI好きなヤツ」の演奏会が有る。今年で7回目だ。

 

ヤフーのブログで知り合った(私とシマさん、チッチとサリーさんは以前から知り合っているが)仲間が集まる。オカリナが中心だが、この音楽集団は何でも構わないので、シマさんは勿論三線だし、楽団を組んでスチールパンだとかピアニカだとかギターだとか打楽器だとかウクレレで組まれた集団もある。

 

私は高い所にある長テーブルが下ろせない。シマさんと2人で下ろした。後は椅子だ。凡そ30脚が積み重ねられているキャスターを4台ほど倉庫から出した。100脚ちょっとの数。それをシマさんは一番前に10脚横に並べた。それに倣って、縦には10列並んだ。100脚だが、出入りを考えると、それで十分と思えた。

 

後から書くが、ローズマリーさんが大ホールの扉から姿を現した。昨夜はホテルに泊まって、秋田からの出演だ。他のグループの人達は仕事で2、3日開ける事が出来ない。マりーさんもそうだったかも知れないが数年会っていない。1人でやって来てくれた。顔を見た瞬間は、分かってはいても驚きが走った。

 

次々に来て、リハーサルを行った。シマさんは皆の昼食を聞き、下の食堂に先に注文してくれた。

 

hirokoさんとサリーさん(男)は缶ビールを3本注文した。何故だ? 私には聞かずに私の分も注文したようだった。すぐに拒否するのは、この受けを狙った行為に水を差す。私も飲んだ時もあり面白さを狙っていたのだろうが、飲むのは止めにした。どうせこの2人で飲む事だろうしと思うし、私の出番で酔いが回っているのも、決していい演奏にはならない。

 

1時からの開始で、2階に戻ったのが12時20分頃だった。もう、少し人が入っていた。オカリナママさんが前半の司会をするが、シマさんの挨拶の頃には何処かがごっそり空いていると言うのではなく、開いた席はそこここに見られるが、沢山入っているように見えた。7、8割はいたのではないだろうか。

 

少し順番の入れ替えはあったが、だからどうと言うものでもない。プログラムが入れ替わるだけの事だ。前半と後半に分かれているが、プログラム通りの出演名と曲目を書いてみよう。

 

 

昔はチッチとサリー(神戸市)

  赤とんぼ

  ふるさと

  小さい秋みつけた

  「四季」より 冬

  レクイエムより「楽園へ」

 

そら&空を飛ぶくじら(姫路市・鹿児島市)

  紅葉

  夕焼け小焼け

  TSUNAMI

  天城越え

  十和田慕情

 

ツッキーズ(京都府)

  賽馬

  空も飛べるはず

  オー・ソレミオ

  また君に恋してる

  天城越え

 

hiroko(岡山市)

  かもめが跳んだ日

  ひこうき雲

  となりのトトロ

  さときび畑

  パプリカ

 

オカリナの詩(神戸市)

  タイスの瞑想曲

  まちぶせ

  ワインレッドの心

  この星に生まれて

 

コラボ

  八重山(やいま)

 

 

夢☆チャンス(神戸市)

  優しいあの子

  異界ノ橋

  ティコティコ

  ジャズメドレー(茶色の小瓶 セントルイス」・ブルース インザムード)

 

with  you(東大阪市)

  『星めぐりの歌』

 

ふんず(西脇市)

  東京」ブギウギ

  月ノ雫

  LEMON

  銀河鉄道999

 

ローズマリー(秋田市)

  カッチーニのアヴェマリア

  初雪

  エーゲ海の真珠

  いつまでも

 

シマ唄やろう

  黒だんど節

  まんこい節

  イトゥ

  阿室ぬ慢女節

  ワイド節

 

 

7度目のステージ。出演者の入れ替わりは殆ど無し。とすれば、この7年の演奏技術や選曲や編曲は変わって来た。基本的には形は変わっていない。もっとも変わったのが上手さだった。私は評論する積もりもないし、そんな技量や自らの演奏技術も上手くはないからだ。一観客となった時、他の演奏者の腕は抜群に上がっていた。どれも聴き応えがあった。語りや詩の朗読を取り入れた新しいスタイルで、それも聴衆の涙を誘うものさえもあった。

 

1つひとつの感想は書くと長くなる。兎に角一言で、「上手い!」と言わざるを得なかった。全部プロとして活動をしてはいないが、プロと言ってもおかしくない集団で、それぞれセミプロと呼んでいいものだったと思う。私はやっぱりその中にも入らないが。謙遜はしていないが全く満足がないからだ。どこかしら後悔が残る。

 

1人の立派な参加者として特記事項がある。そらさんの息子さんである空を飛ぶくじらさんの息子さんが1年5ヶ月になっていた。とても可愛くて、パパもばあばもメロメロだろう。人懐っこくて、私にも、マリーさんにも、ツッキーズの奥さんにも、オカリナママさんにも、夢☆チャンスのNさんにも順々に抱っこしてくれと手を差し伸べた。皆、楽しませて貰った。子供は好奇心が旺盛だと言う事を改めて教えられた気がした。それを押さえてはいけないと思った。伸び伸びと大きくなって欲しいなと思う。

 

演奏に関しては、仲間の進歩振りに目を見張った。活動の場を広げ、経験を積み、練習をして来たのだろうなとしか思い様がなかった。以前は暗譜して全て演奏していたものが、私は楽譜を見ないと演奏に自信がなくなっている。指もあまり速く動かなくなっている。これは致命的ではあるが、今の自分で、等身大且つ自然体で臨むしかない。それがこの世の習いだと達観せざるを得ない。

 

5時まで借りているが少しずつ時間がずれ、シマさんの演奏がまだ続いている。4時40分。私は事務所に駆け付けた。

 

「5時を少し過ぎてはいけませんか」

 

「それは駄目です」

 

「延長料を払って伸ばす事も出来ませんか」

 

「それも無理ですね」

 

「じゃあ、全て5時までに片付けて撤収ですね」

 

「そうです」

 

向こうの言う通りではある。役所仕事でなくても、時間は守らねばならない事位、私でも分かっている。融通が利かないと言うのはこちらの言い分でしかない。聞いて元々だった。

 

「では、そのようにします」

 

と言って、2階に駆け上がった。

 

後半の司会をしているそらの陽さんに言った。私の終わりのあいさつは止めにして、来て下さった人達にありがとうと言うだけで解散して欲しいと。

 

45分頃にシマさんとMさんの演奏は終わった。もうゆとりなどない。すぐに出演者のみんなに、後片付けをお願いした。会場担当の人達も2、3人上がって来て、後始末をしていた。最後は、ピアノを動かしたりした。

 

全て終えて大ホールを出た時が、丁度5時だった。

 

皆の力を集めると、少人数では不可能な事でも可能となる。帰る聴衆の人から、おわりの言葉が聞きたかったのに、と言われた。でも、それを言って5時を過ぎたら音楽会はアウトだった。

 

 

後は出場者の半数近く14人が、ご苦労さん会に出席した。2つのテーブルに7人ずつ。飲み放題の会だ。お酒が飲めない人はウーロン茶などがあるが、こればっかりはそう何杯も飲めるものではない。かと言って、そんなにいい食べ物も出て来ない。こんな時はどうする? どんどん演奏して、喋って、賑やかにするに限る。

 

シマさんが、

 

「終わりのあいさつがなかったから、乾杯のあいさつをして」

 

と言った。何か言ったけれど、それをここに書くような事でもない。少し喋ってから、

 

「乾杯」

 

と言った。

 

5時半から7時半までだ。皆に喋って貰いたかったが、時間が余りなかった。兵庫県以外から来た人達に何か話して貰って、お開きにした。反省点は、全員に話して貰うべきだったと言う事。

 

今日はビール以外は飲まなかった。隣りに底なしのオカリナママさんがいて、ビールしか飲まないと言ったから、右に倣った。殆ど酔わずに外に出た。外れた天気予報の空からは、雨など落ちては来なかった。この後、カフェを探して、コーヒーを飲んで帰ろうと言う事になった。9人が残った。日曜日の所為もあるのか、数軒はもう閉まっており、それでも探していると、誰もいない、でも結構大きなカフェに明かりが点いていた。

 

9時までならいいと言う事で、十数名が座れる席に座った。みんな喋りたかっただろうし、名残惜しかっただろうし、何よりも秋田から来てくれたマリーさんとすぐに別れるに忍びなかったのだ。

 

このブログで知り合った女性は皆優しくて楽しくて面白くて綺麗だが、マリーさんはまるで少女のようだった。男女問わず、誰からも好かれているようで、あちらの隅では話が弾んでいた。

 

明日(25日)の昼、12時30分過ぎの飛行機で帰る事になっていた。ホテルから近い所に伊丹空港行きのリムジンバスが待機している。とんぼ返りとは正にこう言う事を言うのだろう。以前来た時は色んな所を兵庫組で案内した。あまりもう案内する所もないが、それでもまるで神出鬼没の様を呈しているようだった。

 

帰り道とは言え、皆でホテルまで送りに行き、そして殆どは阪急電車に乗り、姫路に帰る者はJRに乗った。私は1人、三宮から高速バスに乗った。

 

今も昨日の事が思い出される。この音楽集団の皆は素敵な演奏をする。そんな仲間が、今もずっと連なってくれている。それだけで私は満足だ。演奏は? それは自分がこれからどうするかの問題であって、こうして現実に人間である時空で「会える」と言う事が、一番の目的である。

 

来年もきっと会えるだろう。これを希望と呼ぶのだろう。