今朝だけは、毛布をすっぽり被って寝ていた。昨日までは大抵、毛布を足を使って蹴り下げ、その薄い小山に両足を乗せて寝ていた。左手を真横に伸ばすと、そこには目覚ましの用にも役立っているガラケイとエアコンの温度調節器を置いている。今朝は、初めてエアコンの用がなかった。
昨日の雲の事を思い出している。子供の頃が豊かだったのか、田舎の自然だったからなのか、ここまで科学は先に行っていなかった頃に、ゆったりと流れる雲を眺めていた。そんな時に教えてもらったのが「ひつじ雲」だった。まだ他にも呼び名があった。それは「うろこ雲」「いわし雲」、はたまた「さば雲」だったりした。
皆同じようだが、ひつじ雲は他のうろこ雲やいわし雲よりも少し低い所にある。代表して、いわし雲は巻積雲、ひつじ雲は高積雲の一種と言われ、いわし雲は鱗が小さく、ひつじ雲は毛の塊が大きい。それでは、懐かしく見上げた空の雲は、鰯の鱗だったのか羊の毛の塊だったのか。秋は天が高くなると言われているが、いわし雲かと思っても高く感じない。低そうだからと言ってひつじ雲の毛の塊のように大きくもない。
そんなに拘ることもないか。子供の頃に見た空や雲や木々の緑、そんな自然が今にも見られる感動と懐かしさが続いている事の方が嬉しく思われる。
幸いにして、今日も良い天気だ。昨日見た雲も夕方だったから、今日も夕方になる頃ウオーキングをして、そして空を見上げてみよう。鱗のように見えたのも、昨日の夕方は風を感じたので、上空ではもっと強い風が雲を鰯の鱗や羊の毛の塊にしたからだったからか。今日は風がなさそうだ。全く違った雲を見るかも知れない。
私の中で何十年も、半世紀以上も連綿と続いて来た空と雲。縄文や弥生時代から見ていたとしても、その色や形が全く一緒だった事は、恐らくないだろう。そして歴史の極短い区切りの中の私は、今日も空を見上げ、雲を眺める。