あけましておめでとうございます。
ことしも、どうぞよろしくおねがいします。
みなさんのごたこうとごはってんをいのります。


ラジオを聴き終わったのが朝7時だった。窓を開けると、飛び飛びの小島のような雲が赤かった。これは正しく朝焼けで、最近では見た事がない。だが、残念ながら燃えた後の色だった。

8時半前の高速バスに乗り、三宮に向かう。重装備はしたものの、バスの中は暖かい。空は晴れていた。何となく気持ちの良いバスの中には、数人しか乗っていない。運転手は、乗る時に「おはようございます」と言った。「あけましておめでとうございます」でなくてもそれでいいと思い、私も咄嗟に同じ言葉を返した。

チラッとバスの外の太陽を見た。私の初日の出。瞬間的にしか見られない。バスの中に熱が伝わる。分け隔てなく人類に向けて燦々と降り注ぐ光。人のような残像が緑のような青のような色でゴルフのクラブを持っているか刀を持っているかのように上段の構えのように振りかぶっていた。

じっと見つめられない偉大な天体が、人間などものともしない存在として、そこに君臨していた。高速線が下り坂になっている所から瀬戸内の海が見える。海の表面が、太陽の光に反射して、投網のように広がって。それも銀色が輝き、じっと見る事が出来なかった。人知を越える光こそ、竦んでしまうほど偉大なもののように思えた。

バスは9時前に三宮に着き、私は生田神社へと歩みを向けた。たばこをポイと捨てた若い男に出会った。屋台が並び始めた。生田ロードの北に神社は鎮座する。若者が多い。手水舎に行って手を洗い、清め、口を漱ぐ者は殆どいない。

お祈りを済ませ、すぐに踵を返した。お御籤を引いた。「第四十八番吉」の札とひごのような番号棒とを交換した。16人の巫女が2人ずつで、左右のお御籤場に分かれて仕事をしている。バスの乗り場に戻ったら読もうと思って、ポケットに入れた。

昼には孫がお雑煮を食べにやって来る。私は毎年、ベビーカステラを買って帰る事にしていて、今回も当たり前のように買った。もう15人位が並んでいた。ベビーカステラは4つ位屋台があるが、ここ三宝屋のが一番美味いとの定説になっている。

生田ロードは参拝客が多いので、左の交番のある通りに曲がり東門街に入って、そこを抜けて元来た道を歩いた。たばこを銜えた女が歩いて来た。よく見ると、道の周りにはポイ捨ての、姿形の違ったものが、無造作に散らばっていた。

バス停に着くと、9時10分だった。発車は9時30分。1人でバスを待ちながら、お御籤を読んだ。

「馬柵越しに 麦食む駒の のらゆれど なほし戀しく 思ひかねつも」(作者未詳 十二・三〇九六)

今年は、調和を大切にしなさいと諭されている。後の願事、待人、失物、旅行、商売、学問、恋愛、転居、出産、病気、縁談とあるが、半分は関係のないものだ。最後に、開運の鍵とあり、お御籤を引いた時にしっかり見るべきだったと思った。何と、「拝殿前の吽形の狛犬に触れる」と記してあった。これはまた来た時に触れる事にしよう。

やっぱりバスには5、6人が乗った。乗る時に、「おはようございます」と、ここに来る前に乗った運転手さんの事を思って実践した。何の返事も返って来なかった。何も見返りを求めている訳でもなく、だからどうなんだと言われても仕方がないので、その事はすぐに消えて行った。

それにしても、家に着いたのが10時頃。往復1時間半と言う早業だ。無駄のない動きだった。

郵便受けに来ていた年賀状を読んで、ブログを書き、「第63回全日本実業団対抗駅伝競走大会」を見ながら、孫達が来るのを待っている。テーブルには、ベビーカステラも袋に入ったまま待っている。

今年は日本中が関心を抱いているだろう平成31年が終わり、新しい元号になる。どんな元号かが分かるのは4月1日だ。そして、その元号の元年が5月1日から始まる。30年前に昭和が平成になった時の様に、今度は平成が○○になる、新しい事が2つになると言う年となる。

安と言う文字が入るとか入らないとか言われているが、どんな2文字になるだろう。安心、安寧、安泰、安穏などの意味のある元号が決まり、その先に安堵した日本中の多くの人達の顔が見えて来るようだ。人的災難は真っ平ご免だが、自然災害が最小限に止められる2019年とならないものだろうか。


何となく今年はよい事あるごとし元日の朝晴れて風なし (石川啄木「悲しき玩具」より)