何だろう、この膨満感と実際のお腹の突出。簡単に言えば食べ過ぎの結果である。いいものを食べているのでは決してなく、結果的にカロリーの高いものを食べているのだろう。また、そう言ったものこそ美味いのだ。
今日は、日頃動かしていない体を叱咤激励して、普通に朝ウオーキングに出掛ける事にした。
途中道ばたの黒い鳥が目に入った。スズメ2羽分くらいある。歩きながら接近して行くが、全然動かない。気味が悪かったが、それは黒いビニル袋に何かが入れられ、口を結んで捨てられているものだった。それが鳥に見えたのだと分かるや、ひょっとして爆発しないだろうかとの疑念が涌き、そそくさとその場を過ぎた。
暫くして向こうの道にUターンすると、石で見栄えをよくした崖があり、その間に直径10センチくらいのポリエチレンの筒が埋め込まれているのが目に付く。鼠色のものが幾つも幾つもだ。遠くのその1つに、白い鳥が顔を覗かせている。さっきは黒く、これは白い。だが、近くになると、それが透明のビニル袋だと分かった。分かれば何ともないが、そんな形でビニル袋が2つも鳥だと見紛ったのは初めてだ。動かぬ鳥には流石に参った。
囲碁の事を烏鷺(うろ)と言うのを知ったのは、40年前の事であり、囲碁は全く強くなれずに放置されているが、それを懐かしく思い出させていた。烏は字の如くカラスであり、鷺はサギである。
ウオーキングから帰り道、何人もの人が落ち葉を大きな袋に集めていた。奉仕活動以外に考えられないと思った。今まで全く知らん顔をして通り過ぎていたが、近くに来ると私は声を掛けた。言葉がすらっと出て来る。
「ご苦労様です」
吃驚したようにその人はこちらに顔を上げる。怪訝そうだったが、
「ああ、いや」
と返事を返して来る。次に出会った人達にも同じことを言ってみる。何の衒いもなく声が出る自分に驚く程だった。打てば響くのではないが、こちらが働けば向こうは動作にしろ声にしろ、何らかのアクションで返して来る。これからそうしようと言うのでもないし、それに爽やかさを感じた訳でもないが、ただ声が出るのが不思議だった。
10時からの卓球にはまだ時間があったが、何も食べずに10分前に出掛けた。卓球台を出したり、ネットを設置したりする為に、久し振りに早く行った。私が1番乗りだと、日頃の様子から信じて疑わなかった。先生はいつも1番だから除外するが、私が着くと私より早い人がいた。
今日は何だか変な日で、準備が済んでラジオ体操をする段には大抵4、5人しかいず、それからぼちぼち来ても7、8人なのに、この日は準備体操が終わってみると12人はいた。全く変な日だ。
私は12時までいる事は出来ず、11時15分には帰った。
これからが本題なのに、前置きが何と長い事だろう。題名からしてこの辺で終わるのが順当であろう。しかし、もっと楽しみにしていた忘年会の事を書かねばなるまい。だが、2、3行で終える事も出来るだろうが、成る丈短く、要点だけにしよう。長いブログは、私だって読む事はしない。けれど、それでも読んでくれるブロ友がいる。大事な時間をこのブログの為に拘束する人の事を思うと、慙愧に堪えない。
12時すぐのバスで名谷駅に行き、地下鉄に乗って2駅先の板宿駅まで行った。その先に「孫悟空」と言う食堂ともスナックとも言えぬ店がある。先月の我々のコンサートの後懇親会をしたその店だ。1週間後にはまたこの店に来たが、食べ物がとても美味い。今回も11人集まったが、あのコンサートで演奏したり聴いたりした人は6人いた。
奄美の匂いのする店である。料理の量は半端ではない。11人いても平らげる事の出来ない程だ。美味いからと言って、そうそう胃袋に入る訳もない。オカリナ組は私とそらの陽さんの2人だ。この会は、元々シマさんを中心とするシマ唄の会の人達の忘年会である。そんな会に呼んで貰って、自分も島人(シマンチュ)の仲間に入れて貰えている事が有り難く、人の繋がり、それも音楽で繋がっている妙を感じている。
ここでブログを終えようと思った。でも、これでは本末転倒としか言いようがなく、せめてあらすじだけでも書いておきたい。そもそも奄美の忘年会の、これだけ書くのが目的だった。本当に仔細に書くと収拾が着かなくなる。
話をして、食べて飲んで、一番中心となる三線が奏でられ唄われ、奄美の雰囲気が醸し出されて行く。
シマさんの喉は、極めて順調で良好だった。よくこれだけの声が出るものだと思う。長年歌い続けて来た喉は、それはプロ歌手と同じレベルだろう。
何となく私とそらの陽さんに矛先が向けられて来た。オカリナを吹けと言う思い遣りだろう。そらの陽さんが持って来た楽譜2曲を吹き(『きよしこの夜』『星の界』)、私の用意していた楽譜(『千曲川』『故郷』)もコラボで吹いた。「きよしこの夜」だけは明るさを落としてグラデーションの光が美しいプラオカで吹いた。後は2人共ソロで吹いてオカリナを終えた。
それから再び三線と唄。島に馴染み島そのものであるシマ唄は、味わうほど深いものがある。私は聴き手として、まだまだ序の口だ。
テーブル半分で2つに分かれて話したりしているが、何か共通事項があると皆1つに寄り添い盛り上がる。向かい合ってはいるが、2つに分かれざるを得ない程、席が長い。11人もいれば自ずと分かれるのは仕方がないとして、それでも盛り上がるのが楽しい。
軈てカラオケタイムとなった。これは独占出来ない。また、皆が1曲ずつでも歌う方が満足度が高いと思う。私はコンンサートの後の反省会と同じ隅っこの席にいた。私の隣にはシマさんがいる。
私の斜交いに、初めて今日初めて会った女性がいた。三線は、シマさんとMさんと同じお師匠さんについていたそうだ。このMaさんが、向こうを向いて左側の顔面を見せる時、石川さゆりによく似ているのを発見した。本当に良く似ていた。私は「津軽海峡・冬景色」を所望した。だが、もっと得意な歌があったのだろう。美空ひばりの歌を歌った。シマ唄を歌っているからと言うのもあるだろうが、上手かった。
シマさんは「雪椿」を歌った。彼のこぶし入れて歌う様は逸品と言う他はない。私は「契り」を歌った。この前の「千曲川」と同じ歌手の歌になった(苦笑)。
4時半には終える事になっていた。これ以上盛り上がる事は出来ない。3時間半の忘年会は無事に終わり、皆ちりぢりに方向を異にした。
4日と15日と22日はオカリナ演奏を依頼されている。9日と23日はオカリナの練習日。23日は特に発表会で、1年の集大成の日だ。きっと何か楽しい事のある予感がする。
普段は余り演奏に呼ばれる事もないが、12月のオカリナに関する予定はこの位で、私には多い。もう今年も終わるのかと思うと、寂しいと言うより余りにも師走が来るのが速いのに驚嘆する。この時代だからかと思ってみるがそうでもないみたいで、古い言葉に「光陰矢の如し」と言うのがある。それでも、今の速さは昔以上だろう。烏鷺烏鷺しながら、今年も熱したフライパンに落ちる一滴の水だと感じずにはいられない。