トルネード? そんなものが2階を巻き上げたら、私の住む町も人も、皆吹き上がり飲み込まれてしまう。小さな竜巻でも大袈裟過ぎる。
階段を上がるに連れて、トルネードは急に暑の坩堝に私を巻き込む。今日の夕方は30度だった。大分暑さも落ち着いたかと思う矢先、部屋で茹だりそうだ。最盛期は35度を毎日のように越えていたのだが。
あれから4日が過ぎようとしているが、あの時、私の夏は終わった。
25、26日は、「2018オカリナフェスティバルin神戸」だった。18回目を数えた。
24日はリハーサルで、最後の私の番が18時50分だった。中ホールでの本番さながらのそれは、誰も殆どいなかった。10分間あるが、私はアカペラでの「ある愛の歌」とCD伴奏による冬のソナタより「My memory」の2曲を吹いて、その6分間で終えた。
その後、楽しみにしていた近くのラーメン屋さん「もっこす」へと歩んだ。満員だ。1人だったので他人に挟まれた椅子に座った。「チャーシュー」を注文。普通のラーメンではない。チャーシューが12、3切れ入っていて、それは麺を全て覆っている。
以前は800円位だったが少しずつ値が上がり、今回は1,000円になっていた。こってりとした「もっこす」のラーメンはそうそう食べられない。しかし、1年に1度食べるのは、まるで私はアルタイル(彦星)のようだった。汗だくになるのは最初から分かっていた。
第1日目(25日)は7時半前には家を出た。10名以上は関わっているボランティアの人達も、8時30分に間に合うように来ている。受付、誘導、リハーサル室、演奏者の待機それぞれの係に分かれるが、それまでに受付で渡すプログラムや記念品の袋詰めだ。
10時30分には中ホールの開場だ。オカリナや楽譜や小間物や演奏用のCDのブースが5ケ所に並ぶ。様々なオカリナに魅せられた演奏者達は、試奏を繰り返しながら、自分の好むオカリナをゲットする。これも楽しみの1つだろう。
挨拶、演奏、懇親会と3つの仕事が重なった。ロビーは社交場と化し、ここにいると誰か知人と会う。私も色々と出会ったが、ふんずさんとツッキーさん夫婦に会い、それで先ずはほっとしていた。
190組の応募に対し116組が抽選により出演出来る。計算上は74組が出演出来なかった事になる。2日間に58組ずつの演奏となるが、1日目は57組、2日目は56組の出演となった。3組が棄権したのだが、この3組に入りたかった人もいるだろう。
落選した人が次の年に応募した場合は、優先的に演奏出来るようになっている。これは、配慮した救済措置なのだ。運の悪い人は何度も落選を続ける事になるからである。
私の出番の何番か前まで、暫くシマさん夫婦と一緒に演奏を聴いていた。
私の演奏は昼過ぎの13番目だ。アカペラで「ある愛の歌」と、CD伴奏での「My memory」(冬のソナタより)を演奏した。ヨン様フィーバーからもう15年になる。ファンの人は今でもいる筈で、きっと懐かしさも伴って聴いて貰えると思い、選曲した。自分が会場の席に座って自分の曲を聴いている訳ではないので、どのように伝わっているかは皆目分からない。
こうして、ゲストである中原蘭さんのオカリナの演奏が始まった。ギター・オカリナは洋介さん。ピアノ・パーカッションは琴線計画さんだった。蘭さんは綺麗な人。美しい人。可愛い人。そう言って置きたい。童謡から自作曲。静かに、盛り上がって行った。アンコール曲は「コンドルは飛んでいく」で、頂上に上り切った形で終わった。
CDの周りには人が群れていた。サインをして貰い、2ショットをして貰っていたようだ。
懇親会は、昨年まではバイキングなどの出来る喫茶があったのだが、今年、店を閉めてしまった。そこで、今回は受付をしていた多目的室でやる事になった。ゲストの上に書いたような事情により、とても18時30分からは始まらない。19時になって、ゲストはいなくても始める事にした。
蘭さん達は、すぐに次の用事の為参加は途中までと聞いていた。懇親会を始めて暫くすると、蘭さんと琴線計画さんが懇親会場に入って来た。ステージでは水色のドレス風の衣装だった。この時は黒いタイトな衣装だった。2日目にゲスト出演の森下知子さんもやって来た。臙脂色の服装で。
皆は簡単なバイキング形式の立食で、この2人のゲストには誰かが質問して、それに答えて貰うようにした。基本的な、または応用的専門的なオカリナに対する質問はなかった。「好きな人のタイプは」とかの質問になった。質問した男の人が面白かったので、MCに振った。
暫くしてふんずさんに質問をお願いした。彼はお願いをされたなんて思わず、きっと振られたと思っているだろう。でも、後から入って来た洋介さんも含めて、4人に同じ質問を試みた。状況を読みながらこうして振って行くのもありかなと思った。
最後は、2人に演奏をお願いした。皆は大満足だったかと思う。そして、きっと私が無茶振りをしたと思った事だろう。その無茶振りこそ私の作戦で、午前中にリハーサルを終えた蘭さんの控室に挨拶に行って、その時に最後までいると言って貰ったり、懇親会では何か演奏して貰う事をお願いしていた。
森下知子さんには、懇親会に来てくれた時に、そっと耳打ちをした。オカリナは持って来ていなかったが、上で借りて来ると言ってオカリナの用意はしてくれた。
「1曲か5曲お願いします」
と言った。蘭さんは「ルパン三世」を吹いた。この部屋が響くのか吹き方が違うのか、大きな音量でそれは響いた。満足そうな参加者の顔・顔・顔。森下さんは「そして神戸」。蘭さんと同じような音量だし、これだけの音が出せる事に、その上手さと共に満足した。
オカリナにその秘密があるのだろうか。私は、森下さんになんと言うオカリナか聞いてみた。私は、そのオカリナにはとても興味があったし、いつか試奏したいと思っていた。自分的には沢山あって、もう買うまいとは思っていたが。
次の曲をお願いした時、2人は相談を始めた。「聴衆は固唾を飲んで、それを見守っていた」なんて小説では書くのだろうか。2人で演奏してくれる事になった。
「それでは、5曲目を演奏して頂きます」
と言った。まさか5曲ずつ吹いて貰ったのではない。流れたのは「ふるさと」だった。蘭さんはメロディーを、森下さんは少しアレンジした、所謂下の部分を吹いた。オカリナはそれぞれの息遣いを美しく奏でた。これ以上振る事はもうなかった。皆大満足で懇親会を楽しんだ。終わったのは、20時30分だった。
第2日目(26日)は、私の仕事は殆どなかった。現金も必要なかった。だが、昨夜から実現するかもしれないと言う気持ちが沸き上がっていた。兎に角、アルトのC管は買える金額だけ持って行こうと思った。もうこれ以上楽器三昧は許されないと思っていたし、極力オカリナには見向きもしないようにしていた。
10時半開場だが、10時にブースのあるロビーに入って行った。昨日は全く目に留めていなかったオカリナが、ずらりと並んでいる。昨夜森下さんが吹いた事で、火が点いてしまったオカリナの元に近寄った。隅の小部屋で試奏をさせて貰えるように言うと、ここでいいのではと言われ、それもそうだと思った。ブースの人、そして文化ホールの職員しかいない。
目の前には、脳内で蘇ったアルトのC管は、4本しかなかった。昨日だったらもっと沢山あったのだ。買う気が全くなかったのだから、仕方がない。私は、「残り物には福がある」と言い聞かせ、4本を試奏した。軽い! 200グラムもない。
この「吟」と呼ばれるオカリナは、淡路の制作者のものだ。980度で焼かれ、普通の焼かれるオカリナの温度(700度位)より高く、1,100度で焼かれるものよりは低いが、その温度が醸し出す音は「枯れた音」と言われているように、まろやかな美しい音とは少し違う。
ここに残された4本は、音色も、音の大きさも、息の強さも、土も違う。「枯れた音」ではない、亜音のように丸く膨れた持ち易いのもある。それは、綺麗な音色だが、私はアルトCは沢山持っている。それだけだったら、欲しくはなるが買うまでには罪悪めいたものすら感じるので、断念せざるを得なかっただろう。なかなかの逸物ではある。
後の3本も、息は強い方ではある。その中の2本は、ブースの2人も「吟」の制作者も、私の吹き方には勧めなかった。その残った1本が、意見も含めて、私の迷いを払拭した。「吟」の制作者は、「淡路には10本だけ未調整のものがあるんですが」と言った。
小さくて軽いのに大きな音。感情を込めて吹けるのは私好みだし、高音に行くに従って気持ちが入って行くのが良い。音は枯れて渋く、オカリナの中を息が駆け巡っているのが感じられる。軽薄な音ではなく、重厚な、味わい深い音なのだ。
そろそろ開場の時間だ。お客さんも並んでいる。私はそのオカリナをしっかりと手にして、ロッカーに仕舞い込んだ。
「吟」はまだ日は浅いが、淡路の工房で作っている。それでももう2、3ケ月待ちとなっている程人気が高い。瓦を焼く方法で作ると言うが、またいつの日か淡路の工房を訪ねたいと思った。アルトC、アルトG、アルトF、バスCしかない。バスCも吹いてみたが、とても深みを湛えていた。
hirokoさんが昨日来ていて、ふんずさんは会ったと言った。私は昨日所か、今日も会っていない。演奏はふんずさんのもhirokoさんのも聴いたが、hirokoさんに会えなかったのは残念至極である。
今日のゲストは「デュオ・セルリアン」としての出演で、森下知子さんと千井慶子さんのデュオだ。ピアノのは音楽家の大島忠則さん。最初から2重奏が続き、迫力も音楽性もジャンルもバラエティーに富み、その演奏はハートを貫いた。2人共、遜色のない演奏をした。どちらもサキソフォンの演奏家ではある。
ここまで演奏出来たらと今頃になって嘆いてみても、生まれた時からの流れには抗えない。比較は出来ないが、それも人生の流れだ。自分のやれる道を模索する事しかないが、ほんの少しの努力が、今の自分の道を歩ませてくれる事だろう。
模索? ああ、暗中模索と言う四語熟語がある。私が高校生の頃、誰かが広報のようなものに書いていたのを今も思い出す。可笑しくて忘れられないのだ。何だか変だ。
「『暗中模索』を英語に直し、それをまた日本語にしなさい」
「Aren’t you Mosaku?」
「あなたは、茂作さんではありませんか」
いらない事を書いたが、こうして2日間の「2018オカリナフェスティバルin神戸」は無事に終了した。もう少し沢山のお客さんが来てくれたら、ほんとは嬉しいのだけれど。
蝉の声もすっかり聴かれなくなったが、私の夏は終わってはいなかった。オカリナフェスティバルが終わって初めて、夏も終わるのだ。だが次の日、確かに「ジー」と言う蝉の声を聴いた。あの暴風雨に遭っても、まだ蝉が鳴くのかと思った。
吹きたくて吹きたくて朝が待ち遠しかった4日間(27、28、29、30日)。「吟」を吹き続けている。吹かないではいられないオカリナ。形は丸く太っていなくて少しだけ押さえ付けられている。そこまではないが、まるでヒロミチオカリナのよだ。焼いた後の模様がまた気に入っている。1音1音がとてもしっかりと出る。
吹き口が焦げ茶色に塗られているオカリナがあるが、「吟」もそうだ。まるで鼠色の瓦のような色で、その先の吹き口は焦げ茶色だ。だが、私のは半分斜めに焦げ茶が入り、後は鼠色で、何だかあんまり綺麗ではない。それで残っていたのかとも思われる。私はこの音色と音がオカリナの中でぐるぐる回っているのを感じられる事がとても気に入っている。
またすぐにブログを書かないと思う序でに、今日のプレバトでの俳句を2句並べて置こう。
才能あり第1位
生きた人も 死んだ人も 宿題かかえ 走る江ノ電 渡辺えり
(季語もない、形式もない散文、第1位になっている。並べ方を変えるとまるで散文。文字数は韻文みたいだ)
生きた人も
死んだ人も
宿題かかえ
走る江ノ電
名人10段から一歩前進
草茂る 洞窟のこと 他言せず 東国原英夫
(こと、に色々な意味や気持ちが込められている、そうだ)
明日も早く「吟」が吹きたい。まるで発酵を続ける大吟醸のようだ。