テレビを見ていたら、ワサビを作っている人が写っていた。彼には、一人っ子の高校生の息子がいる。後を継いでくれる事を望んでいるが、はっきりしない。

彼は、息子をこのワサビを使っている寿司屋さんに連れて行った。築地市場で仕入れて来た飛びっきりの材料で寿司を握った。一貫ずつ食べる一つひとつに、ワサビが挟まれる。シャリの上に乗りその上に乗せられた白身の魚に、薄緑色のワサビが透けて見える。美しい。

握る大将は、ワサビを力を入れないでゆっくり回しながら擂る。

「こんなに素晴らしいワサビには、気合いを入れて特上のネタを使うんです」

とは、大将の言葉。金目鯛や伊勢海老や雲丹が1貫ずつ出されて行く。最後には、マグロ丼が出て来た。これぞ大マグロのでかい切り身だった。ワサビがでんと乗った。ワサビ田の彼は、「美味い」とか「美味しい」とか「美味しいです」としか言わなかったが、表現力がないと言うのではないと思う。美味かったら、饒舌にはならないのだ。

私は昔、市場の中にあるお寿司屋さんに行った事がある。美味いとの評判の店だった。カウンターで握って貰ったらとても高くなっただろうが、私は握りの特上を注文した。何十年も前の事だったが、8貫乗って3千5百円位だった。

一口口に入れると、何故だ?! と思う程美味かった。同じものを食べに来ている人たちも、口に入れる度に、もう言葉が出なかった。静かな時が続き、驚きと感動があれば、言葉は出ないと知った。

マグロ丼にはご飯の上にマグロの赤身が放射線状にぐるりと並べられ、その上に1切れの中トロが乗っていた。ワサビ田の主人は乗せられていた自らのワサビを赤身に乗せて口に入れた。「ウオー」と声を上げて、

「辛い」

と言った。「美味い!」ではなかった。あんまりワサビを食べた事がなかったのか、マグロとの食べ方を知らなかったのか。

大将は、

「赤身は辛く感じても、中トロから大トロに至るまで、段々甘く感じるようになるんですよ」

と言った。更に、寿司を握る時、ワサビは赤身には少し、中トロには少し多く、大トロになると赤身の倍を使うと教えてくれた。最後に、

「これからも、よろしくお願いします」

と大将は言い、栽培する者と握る者とは、カウンター越しに握手をした。高校生の息子は、その一部始終と姿に、考えが変わったのだろうか。

私は、この事が書きたかったのではない。頭でっかちで尻すぼみなブログになるが、至福な時を描いてみたかったのだ。


さっき夕方の6時過ぎに餃子と余り物のシチューをあてにビールを飲んだ。シチューが食べたかった決め手はジャガイモだった。

私は発泡酒で十分だ。「のどごし生」と言うのが好きだ。最近、それに赤い色で「新」と言う文字が加わった。満足の缶ビールである。安くて美味いのだ。

これで私の夕食になるが、何だか貰い物のお菓子でお茶を飲みたかった。私にだって、こんな事もあるのだ。

台所のテーブルに「さゝ栗」の箱が置いてある。1本取り出して、大きめのソーセージのようなそれから、6~7ミリの輪切りを3つ皿に乗せた。創業は元治元年と言われる御菓子所川上屋のお菓子だった。岐阜県中津川市にある老舗だ。「栗きんとん」が有名で、「美濃路から木曽路にかけて採れる栗と国内産のよりすぐりの栗を無造作に荒っぽく砕いて餡に炊き上げ、そのまま茶巾で絞ったもの」と、説明書きにある。

更に、戸塚文子氏著「旅と味」の文章が載せられていた。

「さゝ栗」
『さゝ栗は、そんな一人秋を歩く旅の、そぼくで、田舎びて、ほんの少し、わびしさもある情趣を、秘めているようだ。その土地でなければ、生まれなかったと思える郷土の味わいが、野性的な匂いと舌ざわりと、形と包装と、つまりそのすべてに、こめられている・・・・』

と。これが美味いのだ。でも、そのままは食べない。お茶の出番だ。

これも貰い物で、何度も飲んでいる。抹茶や煎茶や番茶ではなく、宇治茶「祇園辻利」のほうじ茶なのだ。これがまた香ばしい味がして、お菓子には合うのだった。

先に書いた上質なワサビと特上の寿しのように、辻利のほうじ茶と川上屋のさゝ栗(栗きんとんが外郎のようなものに包まれている)は正にお互いの味を高めていた。美味い! あの、ワサビ田を営む経営者と同じ言葉が生まれただけだった。美味い! それは、感動以外の何物でもなかった。

これこそが、私の至福の時だったのである。