愛媛県西条市に甘味処を営んでかれこれ10年になる夫婦は、人柄ゆえに親しまれていたこの店を畳み、東大阪市のある町に移り住んだ。移ると戻るとは意味合いが随分違うが、正確に近い言い方をするなら、戻りて新しい生活を始めたのである。

私やシマさんは西条には2度行った。それだけ魅力的な店でもあり、素敵な夫婦でもあったのだ。ご主人はChaさんと言い、奥様はTenpさんと言うが、中国人やフランス人ではない。今住んでいる所は、奥様の由緒ある郷の近くなのだ。

(戻り住んで)落ち着いたので来ませんかと、お誘いを頂いた。それで、シマさんとお伺いする事になった。それが6月15日の事だった。

行き方はブログに丁寧に教えて貰った。阪神三ノ宮駅からの乗り換えの駅や到着時刻から出発時刻まで。10時42分発の近鉄奈良行き快速急行の時刻から教えて貰っていた。だが、シマさん夫婦との待ち合わせを少し早めたので、到着している電車に乗ってしまった。それから1時間15分程でNu駅に着き、コンビニで聞き、通りの人を捕まえては聞き、そうしてマンションに到着した。

ここで折角の好意に迷惑を掛けてしまったのだ。白亜城のようなマンションの最上階に辿り着くとコールホーンを押した。Tenpさんに迎え入れて頂いたのはいいとして、Chaさんが駅まで迎えに行っていると言う事だった。時間は言われた通りに行くと断言していたにも関わらず少しずつ微妙に早まって、私達はこの白亜城に、城主のChaさんは駅にいると言う真逆の箱に入り込んでしまったのだ。

部屋にはもう1人、西條にから同じ時期に神戸市の兵庫区に住んだ紙人形を作られるNomさんがいらっしゃった。季節が変わったのでと、紙人形を棚に並び替えて居られる所だった。私達も1度ならずお会いしている。

そんな所にChaさんが帰って来た。赤いシャツが極めて高いインパクトを与えた。こんなとても親切な所のあるお二人に、ちょっと申し訳ない気がした。

ここから書き始めればいいのにと、いつも前置きが長くなるだらだら文章に辟易する。


さて、始まり始まり~。

素敵な音楽が流れ、それは「キャッツ」のメロディーだった。美しいメロディーは、更に夢見心地の一流ホテルを彷彿とさせた。食事の用意がしてあり、それがまた感動的なものだった。Chaさんの料理の説明を聞いていると、傍に総支配人を感じた。ミシュランの料理長はTenpさんである事は言うまでもない。

部屋は片付いており、目を遣る所々に重みのある古いもの、また花や飾りなどの癒し系のものがあった。周りは静かで、心がとても落ち着く。線路より大分上り坂になっていて、列車の音は聞かれなかった。

「アベノハルカスが見えますよ」

とChaさんは言って、私も曇り空の左斜め遠くを見つめた。確かにあれはアベノハルカスだ。たばこの箱を側面から見て、それに半分上を切った箱をくっ付けたような形をしていた。遠くに臨めるのがなによりだ。晴れていたらさぞくっきりと見えた事だろう。

「そのユリの花もう最後の花ですが、西条に行った時に持って帰ったものですよ」

と、今度はTenpさんが言った。西条に行って初めに頂いて、庭に植えたユリだったそうだ。上部だけが見えていたが、窓の外を見下ろすと、1メートルに近い背丈をしていた。テーブルには黄色い薔薇が10数本も飾られていた。私はシマさんに、

「これ、造花だよ」

と言ってみた。怪訝そうだったが、私はあの西条の甘味処の庭のバラのアーチを思い起こしていた。田んぼもあり、蛙の合唱も聞かれると言う西条の、古民家風の広いお店から眺める自然も美しかった。住むとは、それを毎日のように眺め得る事で、環境に溶け込む事だ。私達のように、行くとは大違いなのである。そうしてChaさんもTenpさんも、美しい四季折々の自然が身に沁み付いている。

まるで器から楽しめる豪華なバイキングだった。牛肉だけのミンチのハンバーグ。これを可愛らしいシンプルな絵柄の皿に取り込む。シュウマイあり、蒸した海老シュウマイもあり、席に戻ると舌鼓を打つ。テーブルに乗せられているのは、10種類ほどのトマトや豆などの食材が甘酢に浸けられているもの。Chaさんが嵌まっていると言う。私も嵌まったも同然だった。

それからニンジンなどを炒めて、そこに豆腐を潰して入れ最後は玉子でとじる、所謂玉子とじであるが、そこが職人技である。私が作るような物とは精度や味が全く違うものだ。美味い! と手放しで感動するプロの味。何処が違うかって、そこにはきらっと輝くプロの魂が1皿1皿の世界を作っているのだ。自ずと味わっている自分を客観的に眺める事さへ出来るのである。

甲南漬が出された。所謂奈良漬だと思っていたし奈良漬は好きな漬物の1つだ。だが、これは違った。奈良漬とはまた違った味で、それが何とも美味い。ここでご飯を頂いた。小振りの茶碗がまたいい。余りにも美味しい味なので、何処のお米か聞いた。北海道のものだそうだ。ななつぼしとか言っていた。

満足な食事が終わりほうじ茶を飲んだ。この器はコーヒーカップ位の大きさはあったが、重量もあり、或る人の作品だと言う。茶托は、カップと同じ陶器の受け皿だった。こういう雰囲気が私は気に入っているのだ。

カウンター越しの台所は、話のやり取りも身近に出来る。カウンターの上には普通のもののように黄色っぽくなく、また少し小さいパイナップルが2つ並んでいた。少し赤みを帯びている、美しいパイナップルで、ミニピーチパインと言った。葉っぱの部分とその底の部分を切り落とし、縦に4つに切って皮の部分と実の部分を切り離し、横に4つ位に切ったそのパインを頂いた。

如何にも高級なものだと思われた。ChaさんとTenpさんがアルバイトで1年には満たないにしても或る農家でこのピーチパインの手伝いをしたと言った。それが何と西表島だったのである。そこから送って来たパインだった。テレビに私が出演していたら、目を丸くして、「あまっ!」と大声を上げた事だろう。

普通のパインアップルと糖度が違い過ぎる。Chaさんは、13度あると言った。まるで蜂蜜のような感じもする甘さだった。当然、食べた事もなく、素敵な初物となった。

次から次から出して頂くが、今度はぜんざいだ。お餅が焼いてあってお焦げが見えるのが胃をそそる。小豆が型崩れせず、大きく、これがまた美味い。美味いのはTenpさんの料理上手の所為ではあるが、お蔭で本物を本物の手に依って作られたものを食す事が出来た。

お茶が、今度はお猪口のような器で頂いた。味わうと言う醍醐味の秘密が分かったような気がした。笑われるといけないので、見解は述べないで置こう。

こうして話も途切れる事なく、時間が過ぎた。訪問は2時間、とマナーの本などには書かれているが、何と4時間近くになっていた。流石にタイミングを逸した気はしたが、心地良さに甘えてしまった。

Chaさんは人から話を聞き出すことが上手く、私も要らんことを喋ってしまったようだ。今度は標的にならないように気を付けよう。Tenpさんは模様替えが好きだと言うのも分かった。ここまで綺麗にされているなら、さぞかし楽しくものを動かすことが出来るだろう。

「女性3人は同じ月の生まれですよ」

とTenpさんが言った。1月2日と11日と17日。

男性は私だけ6月5日。あと2人は11月4日と29日だった。何だか面白い。

長々と、と言う訳で、お暇する事にした。駅まで送って下さることになった。坂を下りながら、2箇所桜並木を見せて貰った。春はとても美しいと話して貰い、そんな並木のトンネルを潜るのはさぞ幸せな事だろうと思った。

デカいが、もう終わりなのか余り美しくないピンクのアジサイを見た。実は、その塊が花だと思っていたがそれはがくで、花はがくに隠れた小さいものである。がくとは葉っぱが花を守る為に変形したものなのだ。世の中、知らないものが多過ぎる。象も、あの大きな耳で音を聴いているのではなく、実は足の振動で聴いている。お互い10キロメートル離れた仲間の声を聴く事が出来るそうだ。

白亜の城に伺った事は、まるで小旅行のようだった。いい思い出は、こうして作られて行くのだと思った。ちぐはぐだったが、駅まで迎えに来て頂いた親切。こうして駅まで送って下さった温かさ。それは駅から駅までの午後のひと時が切り取られ、それが「お・も・て・な・し」の絵となって、心の中に飾られて行く。

午前中の雨も、そのおもてなしの心に驚いて、すっかり、その滴さへ見せなくなっていた。