「このプロジェクトを通じて伝えたいことは、ベートーヴェンも私達と同じように一人の人間であったということです。当たり前のように聴こえはしますが、音楽を通してベートーヴェン像を美化していってしまっている私がどこかにいるので、彼自身も努力をして私達が知る名曲を作ったということを伝えられればと思います」 河村尚子

午後2時から始まったピアノ・リサイタル。ベートーヴェン紀行第1回。2020年にベートーヴェンは生誕250年を迎える。その2年間4回のシリーズの、今日は第1回目だ。

芸文センターの大ホールは、略満員である。河村尚子のピアノ演奏だが、初めて知ったピアニストだ。数々の賞を獲っている事と、現在、ドイツ・エッセンのフォルクヴァング芸術大学教授である事だけをここには書いて置こう。

小学生の頃、私はクレヨンに金と銀の色があるのを見て、それはそれは驚いた。しかし、その金色は王冠のように輝いた色ではなく、くすんだ鉛光のような色。金色(こんじき)とは程遠い色だった。そんな腕丸出しの衣装を着て現れた。

頭には、小さな長方形の髪飾りが乗っている。まさかダイヤモンドとは思わないが、カットされたガラス玉が数個、並んでいた。それが、時々、きらっと虹色に光る。4階の、しかも最後列から1つ前の真ん中辺の席。いい位置で俯瞰する。何故よく分かるのか。それは双眼鏡のお蔭であった。

まるで1階の、ステージから3、4列の席に座っているような、髪の1本1本がはっきり見えるのだった。露出した右腕の筋肉が、黒光りしたように弾む。か弱い、細いピアニストの反対を行っている。

これからの4回を、全部ベートーヴェンで迫る。どんなベートーヴェンを味わえるのだろう。兎に角、第1回を聴きに来たのだ。

ピアノ・ソナタ 第4番 変ホ長調 op.7
 第1楽章 アレグロ・モルト・エ・コン・ブリオ
 第2楽章 ラルゴ・コン・グラン・エスプレッショーネ
 第3学章 アレグロ
 第4楽章 ロンド ポコ・アレグレット・エ・グラツィオーソ

ピアノ・ソナタ 第8番 ハ短調 op.13 「悲愴」
 第1楽章 グラーヴェ アレグロ・ディ・モルト・エ・コン・ブリオ
 第2楽章 アダージョ・カンタービレ
 第3楽章 ロンド アレグロ

休憩20分

ピアノ・ソナタ 第7番 二長調 op.10-3
 第1楽章 プレスト
 第2楽章 ラルゴ・エ・メスト
 第3学章 メヌエット アレグロ トリオ
 第4楽章 ロンド アレグロ

ピアノ・ソナタ 第14番 嬰ハ短調 op.27-2 「月光」
 第1楽章 アダージョ・ソステヌート
 第2楽章 アレグレット
 第3楽章 プレスト・アジタート

2時から4時過ぎまでの熱演だった。繊細なショパンが得意のようだったが、今回はベートーヴェン一筋。ドイツに居るからなのかそうでないのかは分からないが、それは挑戦ではないのかと見た。冒頭にも引用したが、こんな事を言えるミュージシャンはそうざらにはいない。

「・・ベートーヴェンを美化してしまっている自分がどこかにいるので、彼自身も努力をして名曲を作ったと言うことを伝えられれば・・」

その演奏は、激しくもあり繊細でもあり、強弱の幅が他のピアニストとは違っていると感じた。小学校の教室の後ろの壁に並んでいる楽聖ベートーヴェンを、人間として同じ目線で捉えた河村尚子の演奏に、私は目を見開き、耳を集中させながら見聞きした。その瞬間、彼女の姿はベートーヴェンの姿に変身した。

特別な思いで、このコンサートを聴いた。アンコールは、ベートーヴェンの「月光」に因んで、ドビュッシーの「月の光」が奏でられた。凄いとしか言いようのない音が、4階の私の所まで十分に響いた。水面が、月の光に照らされて、きらきらと照り返っていた。聴けて良かった。出会えて良かった。こんなピアニストがいた事に。

また今日も、神々に遣わされた1人に出会う事が出来た。神に愛された稀有の化身に出会えた幸せを感じている。果てしなく遠く、届かぬ所にいる河村尚子。人間なのか神の申し子なのか。それは分からないが、餃子がセットの生ビールを2杯飲み、冷やし中華を食べ、西宮を後にした。

家に着くなり、オカリナで「月の光」と「月光」を吹いた。余りの下手糞加減に呆れながら、それでも女神の足元にひれ伏している切ない自分を振り返る。