「女性を肉体として扱うような人間」。とトランプ大統領に言ったのは、前FBI長官のコミー氏である。トランプ大統領の選挙とロシアの関係を調査している時、解任された。その言葉は凄い。その時、トランプ大統領は彼の事を「slimeball」と言った。米語ではこんな言葉で言うのだと、改めて米語の面白さを知った。「嫌な奴」とか「下種野郎」と言う意味だそうだ。言葉の山を崩すことがこれだけ面白い事だとは、もう古稀を過ぎた私には、好機を過ぎた(失った)。ああ英語様!
一昨日、オカリナを練習しているSuさんが、
「素敵な場所にお連れしたいが、時間はありますか」
とメールをして来た。Ocさんも一緒だと言う。2人共ご婦人だ。私は時間は有り余るほどある。その旨伝えると、
「オカリナの演奏をしてほしい」
とまたメール。私で良ければ、と言った具合。私は言った。
「だったら1曲用意するので、2人も1曲ずつ吹いたらどうですか。チャンスだから」
そして今日が来た。待ち合わせ場所を聞いたが、Ocさんが家の側まで迎えに来ると言う。お願いした。午後1時前にその場所に行くと、もうすでに2人は来ていた。でっかい日産のワゴンだった。
名谷インターの近くにその車を置いて、後は歩いて行った。私の持ち物は、オカリナ数本。それとラジカセと譜面台。右腕は痛くて簡単には持てないが、何とか持って歩いた。坂を上る。途端に森のような世界が広がった。全くの別世界のようだった。
坂は険しいが、到着すると主人(80歳を超えた女性)が私達を迎えた。Suさんは、この人と知り合いになり、一緒に旅行をする程の仲になった。短時日の間に・・。この家、まるでイギリスの家屋のようで日本の良さを併せ持っている、素敵な家だった。
40年前にこの家を建てたと言うが、なんと静寂な、文豪が住んでいるかのような家。芥川龍之介の文章がペン書きにしてガラスのケースに収められていた。本棚には、昔の本が箱に入れられて並んでいた。
一つひとつ観るものが新しく古く、その感動は胸を貫く。何をどう説明していいか分からない。垂水のバス道のすぐ上った所に、こんな家があったとは。そして主人は、決まった日にオープンガーデンにして人を受け入れているのである。
どんな人かって? ぴったり来るかどうか分からないが、小林秀雄や青山二郎などと交流のあった白洲正子を彷彿とさせる。私のようなものが接するような人とは違う。本当はどうか分からないが、まるで華族の親戚のような気品に満ちた人だったのである。
2階も自由に見ていいと言う事で、3人で階段を上った。窓に竹林が迫る。小さな筍が4、5本目に付いた。掘って持って帰りたいと思った程だ。元気なご主人が、家に帰って2時間もしたら手枕をした形で亡くなられたそうだ。野村佐知代さんと同じ病状だったと言った。そんな死に方があるのか。突然で、迷惑も掛けない・・。
2階にはまた娘さんの部屋もあったが、1人で暮らしている主人は、自由に見て貰っていいと言った。ご主人の年賀状が10枚程、ガラスの中で掲げられていた。浮世絵の女性などの絵に文章が書いてある。文字も絵も、これはプロのものとしか思えない。それを、元気な時には2千枚は書いていたと言ったのには驚いた。
今の一人住まいの女主人も書の上手さはプロはだし。そのほか、色々な事が出来る人だ。テーブルなどは自分で作ると言う。まだまだ凄いものを秘めている人だと思った。私がこんな人と会うなどとは思いもよらなかった。2人の女性がやって来て、1人は初めてだったのだろう、その感動振りは尋常ではなかった。また1人、また1人来た。
主人が作るチーズケーキに抹茶ムース。これが絶品だ。安堵感の中に、微かな緊張が宿る。
ここに来たと同時に、私のCDを今も聴いていた所だと言った。Suさんがプレゼントしたものだった。こんな風に聴いて貰える人が1人でも多くいる事が、私には歓喜であり感動だった。
他の人もいる中、オカリナの演奏をする事になった。Suさんはアカペラで、OcさんはCD伴奏で吹いた。上手いもんだ。私の番になったが、私は「いのちの歌」を吹いた。BC管で吹き、最後の辺りはAC管に持ち替えた。BC管がいい響きを齎したようだった。そう言えば、AC管より低いオカリナは滅多に使ってはいなかった。
アンコールがあった。4曲提示して、選んで貰ったのを1曲吹く事にした。結局、主人が「白鳥」と言った。立って吹いたのでやっぱり座ってばかり練習していた私には、立つ事がこれ程音をゆすってしまうのかと驚いた。何故か指が震えていた。それでもそんな事は全く意に介されず、拍手を頂いた。
最後に3人で1曲演奏して終わった。後、もうオカリナに対する質問攻め。こんな事想像もしなかった。実際の音を聴いて、何か感じるものがあったのだろう。今度はいつ演奏に来るのかと、そんな質問があった。私はそんなに楽しんで頂けるなら、いつでも来たいと言いたかったが、それはもし実現するならいつでも来ようと思っている。こんな楽しみ方は、オカリナ吹きには勿体ないのだった。
そろそろ帰ろうと言う事になり、出会えた事にお礼を言い、おもてなしに感謝して席を立った。昔の簡素なガラスの笠に電球のような灯り。昔のコーヒー豆を蒸す器械。豆を挽く器械。目の止まる所々が発見であった。もう1度きっと来るだろうと思うし、もし遠くから来た人や外国から来た人があったら案内する絶好の場所が出来た事を喜んだ。
こんな日、今日訪れるなんて考えもしなかった。