たった15分の演奏の為に、数十日練習をして来た。アラセブと言うのは、前進している積もりでも後退している事に衝撃を受ける歳である。つまり、やらなければお仕舞、と言う訳だ。まだ、ブレーキを踏まなければならない場合にアクセルを踏む事はないような気がするが。
30分間の「昼下がりチャリティーコンサート」の依頼を受けていたのだ。私が前半で、後半はシマさんの三線によるシマ唄。この30分の演奏を聴いて、強制ではないにしても、透明な箱の中に募金をするようになっている。
12時30分から1時まで。元町駅東口から鯉川筋を上がって、コープに突き当たると、その左に2つ目の羊の館、神戸市教育会館のロビーでコンサートが行われる。少し早目に家を出たので、着いたのは11時40分過ぎだったと思う。垂水駅で、快速が4分遅れた。何が起こるか分からない一寸先。早め早めに行動する方が安心だ。
私に依頼してくれたSaさんがいた。ロビーではあるが、奥には喫茶キュートがあり、そちらに向かった特設会場が設えられていた。
そこで昼食を取ろうと思って座っていると、Ki君が来た。私も彼もサンドイッチとコーヒーを注文した。軈てシマさんもやって来て、彼はコーヒーを注文した。所が、私はお腹が減らない。何とはなしに昼食はこの喫茶でしようと、ただ注文はしたものの、朝6時半にうどんを食べただけなのに、何故かサンドイッチが入らない。
卵と野菜の組み合わせが4組皿に乗っている。どうしても無理なので、2人にお願いをして食べて貰った。
元町駅のコンビニで飲んだリポビタンDが効いてきたのか、顔がほてって来た気がした。これを飲むとテンションがアップする。いつもそうするようになってからまだ1年にもなっていない。それの所為で食べられなかったのかも知れない。
椅子を2つ準備して貰って、1つにはラジカセを置いた。もう1つにはオカリナを4つ置いた。オオサワトリプルオカリナアニバーサリーとヨシツカオカリナSCとSG、それに千村オカリナSB♭だ。特にリハーサルはしないで、音の大きさを確認した。シマさんとKi君が、音の大きさを聴いてくれていた。
ラジカセの音が大きく響いていたようだ。オカリナも、生音で十分で、それもラジカセの音より大きいと言った。オカリナの音を小さく出来るかと聞かれ、それは無理だと答えた。音程がうんと下がるからだ。ならば、ラジカセの音をもう少し上げるしか方法がない。これは、私に取っては嬉しい事だった。
お客さんの数は、20人位だったと思う。飲食しながら聴いて貰える。シマさんと私は、喫茶の席に座りながら、紹介された。立ち上がってお辞儀をして、SaさんのMCの後演奏する場所に立った。
「リポビタンDを飲んだので顔が熱いです」
と言い乍ら、「故郷の山や海」を吹き始めた。今朝練習をした時、何かメロディーに於いて違和感を覚えて心配だったが、何とかクリアー出来たと思う。古稀を過ぎると、いらぬ心配事が重なる。この喫茶はよく響くのだろう。吹いている時は不思議と気持ちいい。
20人と言っても、どんな人がいるか分からない。15分で全て終えるようにしているので、ゆっくり話す時間はない。すぐに次の曲「剣の舞」に移った。
これは、リズムを外すともう元には戻らない。3本のオカリナを素早く持ち替えて吹く。この曲が1番問題だった。満足感はないが、兎に角この曲が終わってほっとした。
そして、「かあさんの歌」。速い曲の後はしんみりとするこの曲が似合う。これは、余程の事がなければ終わりまで、何とか普通に辿り着く。取り敢えず、CD伴奏の曲は終わった。
「もうすぐクリスマス。クリスマスイブイブイブなので、それにちなんだ曲『ホワイトクリスマス』をアカペラで吹きます」
と言った。初めから、何だかカメラマン風の若い男が留まる事なく、時間的間隔を置いてではあるが私をあちこちから写している。そんなに撮ってどうするんだろうと訝しい気を持ちながら吹いていた。
私が終わりシマさんの番になった。その時、そのカメラマンが私の座っている横に来て、名前や生年月日を聞き出した。私は名刺を渡した。すると彼もくれて、神戸新聞社の編集局報道部の記者だったのである。どんな形か知らないが、新聞に載るなと思った。シマさんも同じ事だ。
シマさんは、色んな話をしながらの演奏だ。これも楽しいと思う。プリントを作って来ていて、全員に渡して貰っていた。勿論私も手にしている。
彼の張り切ったいい声が唄う。聴衆が全員目隠しをして聴いたならば、何歳と言うだろう。とても古稀を過ぎた者とは思えないだろう。何歳と言うか、1人ひとりに聞いてみたいものだ。
最初は、「三京(みきょう)ぬくし」。この唄は三京ムラの事を唄う。だが、3番目の歌詞に「クーヤン」が出て来る。これはオキナワウラジロガシの実だそうだ。椎の実と言うが、我々がよく見る椎とは、大きさが2倍はありそうだ。彼は、その実も皆に見せ乍ら唄った。
次の唄は「まんこい節」。説明を読むと面白いが、「まんこい」とは定説がなく、舞い踊りとも男女の密会とも言われていると言う。唄にはやたらと「まんこい」が出て来るが、私にはさっぱり分からない。合いの手のような掛け声だろうかと思ったりする。
最後は「ワイド節」。これを聴くと気持ちが動かされ、高ぶって行く。牛の唄。闘牛の唄だ。いい締め括りの唄を聴いた。明日の朝刊にこの事を載せる予定だと、この記者は言った。
ほんの気持ち程の寄付を箱に入れると、残っている人達と少し話をして、ここを出た。
帰りに、ちょこっと中華の店に寄って、3人で飲みながら歓談した。何とワンコインセットがあって、アルコール飲料は好きなもの。後あては数十種類のなかから1つ選ぶ。最初は3人共生ビールに酢豚を選んだ。もう1回ワンコインセット。今度はKi君と私は芋焼酎のお湯割りとチャーシューに、シマさんは麦焼酎のお湯割りと麻婆豆腐にした。
一頻り食べて飲んで話してお開きに。1人1,000円はリーズナブルで有り難かった。
夫々がわかれて、多分家路に付いたと思う。私は、バスで三宮から帰った。そして、早速芋焼酎を飲んだ。今日は何があったのだろう。15分が流れて来て、15分が終わった。それは確かな現実ではあったが、もう何事もなかったかのように静まり返っている。焼酎の中を覗いて見たが、そこには何も見えずに、芋の匂いが微かにしているだけだった。
一瞬の事を仕上げる為に、長い間それに時間を費やす。善かれ悪しかれ終わった時はもう元には戻らない。だからこそ、その瞬間に自分を捧げる。上手く行くとか行かないとかは結果として残るが、私が学んだのは、その一瞬に集中する事だけだ。そうして、それは動から一転して、その動は一瞬の内に静へと替わる。
評価を知りたいとかは全く思わない。私の中に、その15分はもうなくなっている。それが、古稀が齎したものだったのである。