それは、喜楽苑と言う場所だった。Ki君の奥さんの車の後を、Ki君と一緒に追った。空は晴れ、体は熱く、クーラーを入れる程だった。

出来てから6年位の、土足で上がるのが不思議な位のとても綺麗な建物だった。

どこでもそうだが、男性は数える程。殆どが女性だった。また、デイサービスは、反応が余りない車椅子の人を除いて、皆さんとても元気だった。

Eさんが、私がオカリナ演奏をする事を、

「今日はとてもラッキーな日です」

と紹介した。飛んでもないと思った。そんな事言われたら、演奏出来なくなる。

Kiさんの奥さんも紹介されて横長の席の前に出て、Ki君は私を紹介した。奥さんはボランティアの仕事に携わっている。そして、演奏は始まった。

デイサービスは時間を重んじる。遅く始まろうと、終わりの時間はきっちりしている。それは、私が三田のデイサービスで数回演奏させて貰った時によくよく分かっていた事だった。

全部で40人ちょっとの人数だったが、デイサービスに来ている方々は35、6人ではなかったか。

半分を越えた所で、皆に歌って貰う事にした。水を得た魚のように、元気に歌い出した。みかんの花咲く丘。野菊。里の秋。青い山脈。川の流れのように。ふるさと、の6曲を、皆さん元気に歌っていた。参加型などと言われているが、黙って最後まで聴くのは苦痛である。歌って貰ってこそのデイサービスだ。

時間の事を聞いたが、矢張り3時までだった。もう5、6分しかなかった。それを調整して行くのが私の仕事でもある。後2曲が精一杯だった。皆が歌い終わった後で、それでも口遊む人がいた。それはとても嬉しい事だった。何かを思い出したのか、泣いている人もいた。デイサービスでは、往々にしてこのような事はよくあるのだ。

これら最後の曲は時間の制約で焦りもあったと思う。最終曲は聴かせ所でいい加減になった。宜なるかなであろう。でも終わった。聴いて頂けて感謝である。

若い女性とその娘さんが気になっていた。何故ここで、デイサービスの方々の後ろで聴いているのかが。

最初に案内された控室に戻ると、すぐさまその2人が入って来た。30代のお母さんであり幼稚園の娘であったりした。娘さんの体格はよく、小学生かと思っていた。来年から1年生だとの事。

このお母さんは、昔はアルトリコーダーで全国大会まで行った人だった。早く言ってくれればいいものを、後で聞かされ驚いた。彼女はオカリナの事を質問し、じっと私の話を聞いていた。「教えて貰いたい」と、冗談とも取れる事を言った。でも、オカリナに興味を持ったのは間違いない。「1つ買って、練習してみたい」と言ったからだ。

名前も聞いた。Kaさんと言った。ここの職員だったが、今日は非番である。なのに聴きに来ていたのだった。

熱弁を揮った所為か、コーヒーを飲んだ事さえ気が付かなかった。確かにカップは空っぽだった。アタッシュケースに入れられたオカリナを繁々と見つめていた。

帰る段になり、また別の部屋から出て来て、挨拶をしてくれた。娘さんに手を振ると、可愛く振り返して来た。私の事を紹介した今正に忙しいEさんを呼ぶと出て来て対応した。私は、色紙の手裏剣を41個作って来ていて、それを渡した。

「これしか出来ませんでしたが、皆さんに渡して下さい。私が作ったものですから記念に」

玄関先まで見送られ、Ki君の奥さんは家に帰った。私とKi君は私の家まで行った。私はラフな服装に着替えた。Ki君が、垂水でも明石でもいいから、飲もうと言ったのだった。気を遣っているか、自分も飲みたいのかどちらかだろうが、2人で飲めるとなれば、私は何処でもいい。

バスで垂水東口終点まで来た。どこかこの辺に適所がある筈だ。バスを降りると近くには王将がある。彼はゆっくり飲みたい風だったので、底はパス。バスを降りて石に躓いたらそこが居酒屋だったと例えられる店がある。私は何度も見てはいるが、入った事はなかった。吸い込まれるように、そこになった。「わたつみ」である。

生ビールから、彼は麦焼酎「いいちこ」。私は初めての「金黒」と言う芋焼酎を。これが美味いのだ。「黒霧島」は定番だが、次はそれにした。けれど、「金黒」が私には合った。余りに旨いと言うものだから、Ki君も釣られて芋焼酎「金黒」のお湯割りを注文した。麦しか飲まないのに、芋を飲んだ。向こうに並んだ一升瓶の中に、黒糖焼酎の「れんと」もあった。私は再び「金黒」を飲む。

あても美味い。ここは、今後利用する頻度が高くなりそうだ。マグロのヤマイモ掛け。ニンニク茄子。串カツ5種盛り。あさりの酒蒸し。おでん。Ki君は、おでんは大根と厚揚げを注文。私に、

「何にする」

と聞いた。店員さんにこう言った。

「じゃあ注文します。おでん」

冗談を言うと笑ったが、朝ドラのようにわろてんか、との気持ちがあった訳ではない。

話は弾んだが、その場はそれ位に。だが、彼が会計を済ませた。かなりの額だった。半分だそうとすると彼はそれを拒んだ。それも考えるまでもなく、何杯も飲んだからだ。でなければ、そんなに高くはならない。

同じ様な黒い服を着た女性店員が、注文を聞いたり運んだりした。3人が入れ替わり立ち代わり現れては消えた。感じの良い3人だった。結局人だ。「人は人によって人になる」とは、神戸市の以前からのモットーである。これは確か、カントの言った言葉ではなかっただろうか。

外に出るとその横の路地に入り、ちゃんぽんで〆る事にした。これはせめて私に出させて貰いたい。この店は何十年か前に1度来た事がある。その時も長崎ちゃんぽんを食べた。ラーメンとは違いチャーシューは入っていない。細かい具が、沢山入り、これはこれでとても美味い。

Ki君も、美味いと言って食べた。その店を出ると、2人は「ミスタードーナッツ」に入り、何個か買って持って帰る事にした。店を出ると、私の乗るバスの人達がぞろぞろと動いていた。Ki君の名谷行きのバスも、そろそろ来るようであった。そこで別れたが、こんな佳境はそうない。飲んで食べてすぐにそれぞれのバスがあるなんて、まるで我々の理想郷のようだった。

くっきり姿を現してはいないが、雲の隙間から覗く月は、愈々明日が望月である。月は満ち欠けを繰り返すが、この月は三日月から観続けて来た。上弦の月は段々膨れ上がり、軈てまん丸く満ちるのである。私もこのように満ちたいものだと、演奏の後は常道の飲む楽しみが、心も胃も満たしていた。