にっぽん紀行は「奄美大島」。新聞に載っているタイトルは「にっぽん紀行奄美大島まごころ弁当笑顔広がる奇跡の物語」とある。

将君。主人公はそう書いてひとしと読む。お母さんんと二人三脚で開いたお弁当屋さん。将君は、小さい頃、おじいやおばあに可愛がられた事が心に残っていた。

塩豚や切り干し大根。豚が駄目な人には、その代わりに切り干し大根を入れ、その人に合う弁当を作る。

大雨の日、将君は弁当を運ぶ。このおじいは、喘息で余りよく動けない。鉄うじと呼ばれている。このおじいの体重は33キロちょい。私の半分だ。一口食べて箸が止まり、おかずに醤油をたっぷりかける。だが、やっぱり食べられない。食べたおかずは切り干し大根だけ。

注文が止まる。病院で診て貰う鉄うじの体は、げっそり痩せていた。

将君は、鉄うじの様子を見に行く事が出来なくなった。「どうすればいいのか」と、彼はそれを自分の足りないところだと言う。

夜、青年団が集まり、夏祭りの手長海老を獲る。それは、お年寄りには最高のご馳走だったそうな。喜んで食べて貰えると思った。

途中で映像に挟まれる南の海は、本当に限りなく美しい。

将君は夏祭りでの司会を受け持った。沢山のお年寄りも集まった。紙コップに入れた手長海老が、飛ぶように売れる。だが、鉄うじの姿はそこになかった。

ああ、鉄うじの姿が見える。鉄うじがやって来た。だが、手長海老は売り切れていた。会場から出て行った鉄うじは、道端のコンクリートを椅子代わりに腰を掛ける。そして、祭で買った焼きそばを食べた。ちらし寿司なら食べていた鉄うじは、久し振りに焼きそばを食べた。締め括りの花火が上がる。それを、鉄うじは、1人、じっと見上げていた。

1年を迎えた将君の店で、出汁の取り方をお母さんから教わる。「出汁は塩豚と炒り子出汁だけ」と母親は言う。「味が薄かったら、塩を加える」とだけ言う母親。

こうして、奄美大島大和村の将君のお弁当屋さんの話は終わった。

将君と鉄うじとのドキュメンタリーだったようだ。

私は、何故このNHKのドキュメンタリーを見てそれを書こうとしたのか。何故? 答えは簡単だ。私が、涙脆くなったからだ。将君の姿勢が素晴らしく、その透明な心が胸を打ったからだった。

ちょっとでも心に触れるものがあると、私は何故か涙が溢れる。テレビはマンネリ化した出演者を見る事と、お笑いだったり、出演者に口汚ない言葉を掛けたり、頭を叩いたりする事で成り立っていると思える落胆。もう、そんなもので貴重な時間をやり過ごす事は出来ない。だが、テレビでも選んで観れば、素敵な放映は幾らでもある。

私の基準は「涙」である。それにしても、最近頓に涙が流れる事が多い。テレビにも、心に触れる事がこんなにも多かったのだ。

涙・・。それは私には紛れもなく感動の伴うものである。三線の唄が聴けると思ったが、それはなかった。今執筆で忙しいシマさんには、ちょっと物足りなかっただろうか。

台風18号も北に足を速めたが、また傷跡を残した。神戸の私の地域でも、昨晩からの風雨は凄まじく、あるだけの雨戸は全部閉めた。

今朝は、雨戸を開けようとするとその周りは熱を帯びていた。外は青空で、何事もなかったかのような様相を呈していて、太陽は燦々と熱を送っていた。