新開地駅からメトロを東に歩き卓球場に行こうとしたが、3時までには30分程時間が早かった。それで、近くのタンポポと言う喫茶店に入り、抹茶ミルク小豆を食べた。時間潰しの意味合いも兼ねているが、珍しくカキ氷を今夏は食べていなかった。下までミルクと抹茶は染み込んでいた。小豆は天辺にドンと乗っていて、どうして食べたものかと思案した。

片側のカキ氷を食べてその窪みに丸い小豆を落とした。そこを基地にして、少しずつ小豆をスプーンに掬ってカキ氷を食べた。如何にも下町の匂いのする広い店内で、カフェと呼ぶより喫茶店と言う方がしっくり合う。それに、若者はいなくて、年配の人やお年寄りが結構いるのに静かだった。

食べ終わると汗が滲んでいたのがすっと引いて、体中が冷え切った。冷やす力を改めて感じる時だった。口の中は感覚がなくなり、何かが歯茎にくっ付いているようだった。段々、何もくっ付いてはいない事が判明する。

卓球場に着くと、5分前に白い短パンに紫色のシャツとサングラスのY君が来て、向こうが声を掛けてくれなかったら分からなかった。彼は今日(23日)の2台2時間分の費用を払いに入って行った。

入口からすぐ左端13番と右の9番がやっと取れたが、随分離れてしまった。その内に集まり始めたのは去年の仲間達だった。1人如何にもアスリート風の、見かけない若者がいた。そう見えたのだ。私と比べれば30歳は違うが、若い歳でもなかった。Y君が嘱託で勤務している職場にSu君はいて、彼が誘ったのだった。

Y君は私がTシャツと長い密着したパンツでやるのかと、私の姿を見て何度か聞いて来た。私は、コープで卓球をする時もこの長いパンツだが、その下にはいつも卓球用の短パンを履いている。上は卓球用の半袖シャツで練習をする。

私が躊躇したのは、卓球用の短パンは2枚持っているのにも拘わらず、コープではそんな姿を見せた事がなかった。私の白い肌を晒すのが、この歳になると結構恥ずかしい。ここでは流石に長いパンツの人はいず、更衣室で上は着替え、下は長いパンツを脱いだ。恥ずかしいもので、禁断のヴェールが剥がされたようだった。

この仲間内では1番強いN君とKiku君もいた。まだ後2人が来ないが、今いる5人は2つの台に分かれて1ゲーム3セットマッチをする事になった。2セット先取で交替した。するとNo君がやって来た。高校野球の優勝戦を観ていたらしかった。

これで6人で人数は合うが、去年からの仲間が6人ではなかった。そうこうしていると唯一女性のTさんが遠くに見えた。彼女は9番台に行って、支払窓口のある幅の広い壁に隠れてしまった。唯一最後まで、戦う事もなく離れたままだった。2台とも3人になったり4人になったりしたが、私は13番の台を1度も換わる事はなかった。Tさんはちょっと来て、暫くすると帰って行った。地蔵盆の係をしていたのだった。

Kiku君には矢張り負けた。2度も負けたが、1セットも取れなかった。

Su君には勝てそうで勝てない。サーブの球種も少ないし、ドライブ主戦型である。だが、そのドライブがよく効き、しかもどこに返してもドライブで打ち返して来る。反応がずば抜けて良かった。中学時代から軟式テニスをやっているそうで、運動神経とセンスの良さが感じられた。来年もあれば、1セットは取りたい。

No君にはストレートで勝った。

向こうに行っていたY君がこちらに戻って来て、私と対戦する事になった。1ゲームの1セット目はジュースで取られた。去年私に負けたのを悔しがっていたから、本気モードだった。だが、2、3セット目は私が勝ち、去年のような緊迫感はなかった。彼とは2ゲームやったが、こ2ゲーム目はストレートで勝った。

2時半頃にN君がこちらにやって来て、私と始めた。若く見えるSu君が審判をしている。先入観からか、勝ちたい思いはあるが勝てる気がしない。私はペングリップで、ラバーは裏ソフト1枚しか貼っていない。彼は勿論の事シェークグリップで、1枚は裏ソフト、もう1枚はかなり強力な表ソフト(私達はイボと呼んでいる)で、このイボで返されると球が殺されて戻って来たり、こちらが変化した球を返すとそれが増幅されて戻って来る。ラケットに当たらずに抜けて行ったり、ネットの前で落ちてしまったり、台をオーバーしてしまったりする。

恐ろしく変化をする上に、甘い球が帰って来るや今度はスピードの出る裏ソフトラバーで角度を付けて返して来る。もうお手上げで、台のどちらのコーナーに飛んで来るのか予測も付かないのだ。

1セット目はやっぱり力の差が歴然としているのか、慣れない捌きに付いて行けていないかのどちらかで、3本しか取れなかった。サーブに活路を求める私の卓球は、2本ずつで交替するサーブをどのように打ち出すかでポイントになる可能性が高い。

2セット目はN君のミスも目立って、初の1セットを取った。だが、取らせてくれたかどうかには、疑惑が残る。それを物語る3セット目は取れなかったからだ。

コープでは1台に4人が向かい合い、斜め同士が練習する。2台しかない卓球台に、多い時は12人はあつまるから、当たり前の1対1のシングルではやった事がここ何十年もないのだ。それがいきなりこの広さで戦うのだから、動けないし付いて行けない。私の戦形で救われるのは、私が前陣だと言う事だ。相手に押されて下がってしまうと途端にやられてしまうが、前陣でスマッシュやバックのプッシュが決まればそれが1番なのだ。

2時間はすぐに過ぎた。だが、勝っても負けても楽しいのが、この仲間との戦いなのである。女性のTさんとは話も卓球も出来なかったが、結局3勝2敗の成績となった。2人とは2度やったので、それも入れるのなら4勝3敗となる。

私の好きな「しそわかめ」(しっとりタイプの振りかけ)を今日5つ買って置いた。6人が会うと思っていたから。それが私を入れて7人になったので1人分が足らない。どうしようかと悩んでいた。

Tさんが帰ったので5人に持って帰って貰う事が可能になった。だが、No君も昨日のテニスで疲れているからと早く帰り、Su君も地蔵盆の見回りで帰る事になった。それで、初対面のSu君に1袋上げる事にした。安いのは安いが、食べると安過ぎる程美味い。朝など、私は熱々のご飯にこれを振りかけて食べることが殆どだ。

結局4人が残り、びしょびしょになった服を着替える為に、Y君がよく行くと言う銭湯に行った。学生時代学校が違う8人が下宿をしていたが、よく洗面器にタオルや石鹸を入れて、世田谷の銭湯に通ったものだ。この新開地の銭湯に入るのはそれ以後の事で、ざくっと言えば50年振りだった。

Y君、N君、Kiku君と私は、久々の銭湯の番台の横に立ち、女将さんの電話が終わるのを待った。

「なんぼや」

と皆は言って、値段の書いた額を見付けると言った。

「おお、480円だ」

皆千円札を出すと、電話が終わるのを待った。Kiku君の千円札に、女将さんは520円を渡した。

次の私には、

「はい、ごひゃくにひゃくえん」

と言った。電話を切って慌てていたのか、その咄嗟の言い方が面白くて笑ってしまった。本人も可笑しかったのだろう、笑っていた。

浴槽に入ると突然の深さにつつっと倒れそうになった。2つ並んでいて、こちらは胃の辺りまでお湯があるような深さだった。こんな風呂は知らない。お爺さんが、

「深いやろ」

と言って笑っていた。これは、まるで狭いプールの様だった。

あんなにびしょびしょだった体もゆったりと浸かって、新しいメンパンとTシャツを着ると、まるで気持ち良く生き返った心地がした。

N君が卓球場にトレーニングパンツを忘れたと言って取りに行った。私達は、先に「髙田屋」と言う居酒屋に入った。丁度4人座れる席を示され、そこでの語らいが始まった。最初はマイナス2度のビールで乾杯。心地良い冷たさだった。

N君が戻って来て、彼はプリン体が駄目なので芋焼酎にした。そこでまた乾杯。私は先ずは肉じゃがだ。

話の内容は豊富で、忘れてしまったので割愛する。

ビール2杯、後は芋焼酎をロックで3杯は飲んだ。私は顔面を打ち、右手の小指側を骨折している。手はもう大丈夫だと言われたが、握ったり開いたりすると痛い。これはきっと日にち薬だろう。鼻は1番低い所の傷と上唇の傷がまだ鮮やかな色をしている。この色が薄くなるのに3ヶ月から6か月は掛かると言われていたので、それで最大全治6か月なのかと思った。

インターネットで調べていたら、何故転んでけがをしたのかが分かった気がした。アメリカかどこかの研究で、短時間に強い酒などを4、5杯も飲むと、それは転ぶリスクが普通の25倍にも上ると書いてあった。これを「ビンジ飲酒」と言うそうだ。

今回は時間は少し掛かってはいるが、何だかその言葉が妙に蘇って来る。

忘れぬ内に、「しそわかめ」を3人に渡した。Su君に渡しただけだったから後4袋残っている。

「じゃんけんで勝ったらもう1つ上げるよ」

と言うと、即座にじゃんけんが始まり、Kiku君が更に1袋ゲットした。きっと暫く美味いと言ってくれるだろう。

Kiku君は10月15日の3ステージまである第2ステージで「人生のさがしもの」(井上陽水・中島みゆき名曲選)で神戸男声合唱団第42回定期演奏会に於いて指揮をする。神戸文化ホール(大ホール)でやると言う。今回で指揮を降りるそうだ。

私達3人は、是非聴きに行きたいと言った。彼の顔が急に嬉しそうになり鞄のある所まで歩いて行った。

「聴きに来てくれるの。それなら招待するから」

と言って座席指定と交換するチケットを3人にくれた。でも私達は、彼に入場料の1,000円ずつを渡した。恐縮しながらも喜んでいた。帰ってから予定表を見たら、その日はコープ対抗の卓球の試合が垂水体育館であった。
幸いな事に演奏会は4時からだ。卓球は午前中にリーグ戦が終わり、後は勝ち順に依るクラス別に別れてのトーナメントとなる。ここで負けたらすぐに帰れる。勝ったら私が抜けてでも試合を続行して貰うように話してみる積もりだ。

取り敢えず、ほっとしている。重なる時は重なるもので、大学生時代の同窓会がその日にはあるのだ。残念だが、これは行かない事に決めている。いつかもう1度位、東京に出掛けられる予定を仲間が作ってくれることを期待している。

8月26日と27日は同じ神戸文化ホールで「第17回オカリナフェスティバルin神戸」がある事を私も喋ってみた。私は26日の出演だと言うと、聴きに行くと言ってくれた。N君はメモをしていた。後の2人は26日と私の大体の出演時間は覚えている事だろう。都合が合えば是非聴いて貰いたいと思う。

外に出ると、足ががちょっとふらついた。ビンジ飲酒の事を思った。

N君は私に付き添ってくれていて、近くまで付いて行くと言った。だが、彼は北区に住んでいる。大丈夫だからと言ってそこで別れた。Kiku君は垂水までは一緒に行けると言った。まあ、少し大げさな事だが、垂水まで彼と電車に乗った。

「垂水ですよ」

と言ってくれるまで、私は気持ち良さそうに眠っていたのだった。慌てて降りたが、いい仲間達だなとつくづく思った。