コの字型に並んだ肘掛椅子が、入口に近い方には2脚、反対側には5脚、奥になる部分にも5脚並んでいる。真ん中には背もたれのない、3人座れる長椅子が1脚入っていて、つまりヨの字に並んでいるのだ。真ん中に座る人は一方からは対面し、もう一方からは背中を観られている。

このクリニックに私は月一のお客様だ。薬を貰いに行くだけだが、人が多いと1時間は超える。

台風5号の影響で雨も風もあるが、強くはない。9時から診察は始まるが、それまでに行く事が多い。今日などは8時40分に着いた。そんな日には人は余り行かないだろうと考えたのだった。以前は「自分だけは考えも行動も他人とは違うだろう」と考えていた時期があった。優越感とかそんなものではなく、恐らく個人主義的な考えからだったと思う。これだけ姿形の違う人間が、全く同じ行動はしないとの詮索があったのだ。

クリニックでなかったらサロンかと思われる、溜まり場のような待合室に、満席で15人が座れる。丸い椅子が2つあるのを除いて。しかし、もう10人は集まっていた。誰しも同じ考えで、五十歩百歩だった。

受付からは、ヨの字型になったすぐそこの4分の1位しか分からない。

「今日は少ないでしょう」

と、今入って来た女の人が聞いた。

「いや、かなりいらっしゃってますよ」

と受付の人が答える。

「え?」

と言ったその人は、入って来てちらっと確認すると、何もなかったかのように空いた椅子に座った。こちらには、皆によく聞こえていた。自分の思っていた事と同じで、私も表情を変えずに笑った。

クーラーは、お年寄りの事を考えてか、冷えていると言った感覚はなかった。隅にいる私は、少しずつ汗ばんで行くのが分かった。他の人は乾いているように思われた。私は、喜んでいいのかどうか、汗が滲むのを楽しんでいた。

反対の診察室には、奥様が診る部屋がある。小児科だけではないだろうが、反対側には行った事もなく、奥様、所謂女医さんの顔を知らない。時折、子供の激しく泣く声がする。

週刊誌や新聞のラックがあり、私はいつもNHKの「きょうの料理」を取って来て読む。さっと目を通す所もあれば詳しく何度でも読み返す所もある。7月号と8月号が剥き出しになっている。7月号は茄子の特集みたいな感じだった。茄子に目のない私はそれを見ようと思ったが、やっぱり最新号の8月号を手にして椅子に戻った。

いつも見乍ら、どれか作れるものはないかを探す。記憶力を検査されているような面持ちである。いつもそうだが、どうしてたった1つの料理の材料や作り方が覚えられないのだろう。確かに覚えられないばかりか、思い出せない事が激増している。6月27日に顔面を打ち付け、前頭葉がおかしくなったのではないかと思う程だ。前頭葉が記憶と関係しているかどうかは分からない。そんな事を思うと、何故か頭痛がして来るような気にもなる。

どうせ1時間は待たされると思うと、そのままぼおっとしている訳には行かない。周りは静かでも私は暇でも、悠々自適な訳がない。周りは老人が多い。私もお仲間ではあるが、自分で在って自分ではない瞑想の世界に微睡むのは私自身には合わないのだ。

8月2日の献立を見た。今日は7日だが、「きょうの料理」をいつも観ているのではなく、2日のも観てはいなかった。思うに、筆記用具を持って行けば一発で記憶出来なくても正確に記録出来るが、それは流石に恥ずかしい。

ちょっと覚えるとその端から忘れ、また初めから繰り返さないと記憶出来ない。ラックに返してからもまた取って来て確認しなければならない事が多々ある。読んでいる時に診察室から名前を呼ばれたらそこでお仕舞だ。まるで受験の時間リミットみたいなもの。

全てが終わると10時半になった。早くから来ているので2時間近い薬貰いとなった。薬は隣りの薬局で貰うのは当然の事だ。

もう既に作って食べたが、これが案外美味い。旨いものは共有したいと思うのが常だ。たったこれだけの材料だが、記憶力テストをするかのように、思い出しては作ってみた。帰りにコープで豆腐と鶏肉ミンチは忘れずに買った。

先ずタイトルから思い出さないといけない。それは「彩りの炒り豆腐」だったと思う。断言出来ないのが悲しいが、衰えとはそんなものかも知れない。指導者の名前は覚えようとはしなかったが、確か梅夏美智子さんだったような。苗字が珍しくてここまでやっと覚えていたのだと思う。確信は勿論ない。

私の記憶だけで、何度も何度も見て覚えた積もりのレシピを掲げて置こう。私も、もう何回かは作りたいと思っているので、曖昧な記録だろうが。


「彩りの炒り豆腐」

材料(2人分)

ニンジン・・1本、 ネギ・・適量、 木綿豆腐(700g)、 鶏ミンチ(100g)、 カツオ・・1パック、 スリゴマ・・大さじ3杯、 卵2個、 ごま油

調味料(A)  砂糖・・大さじ2杯、 醤油・・大さじ2杯、 塩・・小さじ1/2

作り方

1.フライパンにごま油大さじ1杯を熱し、豆腐を食べ易いように手で解して入れる。油が飛び散るので注意す  る。(水分が出るので、私は何度か笊に戻してはフライパンに入れ直した。焦げ目まで付かなくてもいいように  思った)。

2.キッチンペーパーで豆腐の水分を取って、置いておく。

3.空いたフライパンにごま油1杯を入れ、4センチの長さに切ったニンジンを千切りにし、ネギは小口切りにしたものを入れて炒める。(私は千切りより厚くなったがそれでも美味しい。ネギはカットしてあるものが買ってあったので、それを使った)。2分もすれば十分だろう。そこに豆腐と調味料(A)を入れて木べらなどで混ぜる。溶き卵を回し入れて混ぜたら火を消す。

4.3の上にカツオ1パックとスリゴマを入れ、混ぜれば出来上がり。

クリニックで観たNHKのテキストには冷たくても美味しいと書いてあり、更にそこにミョウガを1個細く切って入れ、大葉を5枚手で千切って入れて、混ぜて食べるのもよいと書いてあった。私は家にミョウガがなく、おおば5枚を入れて混ぜた。3人前位の量になったと思うが、結構な味だった。

なんだかレシピの話だけにすれば良かったかも知れないが、こんな書き出しのブログになってしまった。

何か忘れていないかな? 何度も何度も読み返して覚えたレシピは、心許ない。雨混じりの風が、次第に強くなり始めている。